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ちょっとですがグロもあるのでお気をつけください

 

瀬人が最初に見た死の瞬間は、そこいらにいる野良猫のものだった。
幼い瀬人が優しさで食わせたチョコレートの欠片が、猫にとっては猛毒だと知らなかったのだ。やせ細った猫は、毒と知らずにそれを食べ、そして奇声を上げのたうち回った。ぎゃあぎゃあと叫んでもがき苦しみ、最後に瀬人の青い目を恨めしそうに見て、ばたりと倒れた。
最近九九を覚えたばかりの瀬人は、酷く驚き、そして一つ知った。
生き物は喚きながら死ぬのだと、自分が犯した罪など知らずに記憶した。

それから数ヵ月後、瀬人は愛していた母の死を目の前で見た。
血の気のない白い顔に微笑みを浮かべて、美しかった青い目をうつろにさせて、瀬人の母は息絶えた。とても静かな夜だった。
瀬人は悲しみの涙を流す父を見ながら、また一つのことを覚えた。
人間は静かに死ぬのだと。喚くのは、人間じゃないからなんだ。

その後父も事故で他界し、瀬人と弟のモクバは親戚連中からは見放された。
負け犬、ゴミ、邪魔者、疫病神。そんな言葉を喚き散らして自分たちを責める大人のことを、瀬人は畜生だから仕方無いと思う様にした。畜生は無意味に叫ぶもの、と瀬人は覚えてしまっていた。

捨てられたも同然のように施設に入れられた兄弟だったが、入舎して一年も経たぬ内に拾われた。時折顔を見せる大会社の社長に引き取られた二人に、周りの子供たちはいい顔をしなかった。
兄弟を妬んだ孤児たちの間では、兄が体を売っただとか、弟が大人に媚びへつらったんだと、根も葉もない噂が広まっていた。当然瀬人の耳にもその噂は入っていたが、所詮負け犬の遠吠えと相手にはしなかった。

海馬剛三郎の養子となり、姓が海馬へ変わった二人だったが、海馬邸での暮らしはまさに地獄だった。
瀬人はみずぼらしい服を着せられ、首輪をつけられた。一日のほとんどを同じ部屋で過ごし、帝王学を学ばされ、間違いがあれば鞭で叩かれ、弟とも会えない日が幾度となく続いた。
それでも、瀬人は生に縋った。いつの日かあの男に勝ち、頂点に上り詰めてやると。
剛三郎への憎しみだけで、瀬人は生きていた。

それから数年後瀬人は義父に勝利した。汚いことも、全てやって。

 

「よく見ていろ瀬人!これが敗者の末路だ!」

 

自らの手で育て上げた子供に敗北した剛三郎は、そう言って窓を突き破り身を投げた。割れた窓から下を覗けば、うっすらとだが蛙のようにひしゃげた義父の姿が見えた。白い歩道を血で真っ赤に染め上げていく剛三郎だったものに、瀬人は面倒なことをしてくれたと溜息を吐きながら、予想していなかった展開に酷く狼狽した。
社長の座から蹴落とされた剛三郎のその後なんて知ったこっちゃないと思っていたが、まさか死を選ぶとは。
驚く瀬人は剛三郎が放った最後の言葉を思い出していた。

「敗者は死を持って償う」。つまりこの先、自分は一生敗けてはいけない。
突然の事態に驚く部下たちを横目で見ながら、瀬人は薄暗い目で次の獲物を見定めていた。

そして今、3度親を失った彼は、死の淵に立たされていた。
「敗者は死を持って償うべき」と認識していた瀬人にとって、ゲームで敗けたことは死そのものだった。惨めで情けなく、腹立たしくて恐ろしい。
自分に勝ったのは、義父のような壮絶な考えの者でもなく、至極切れ者の人間でもない、ただの、むしろ弱い存在であるはずのクラスメイトだった。
綺麗事ばかり並べてはへらへらと笑う少年が、おどろおどろしい程に目を赤く染め上げて瀬人の濁った青い目を見つめている。

 

「罰ゲーム!」

 

目の前の少年が高らかに叫ぶ。すると、呆然とその様子を見ていた瀬人の背後に何体もの夥しいモンスターが現れた。
うねりうねりと動く蔓が瀬人の全身を絡めとり、大鎌を持った死神がカチカチ歯を鳴らして笑っている。

 

「うぎゃああああああ」

 

みっともないまでの叫び声しか、己の口からは出なかった。
なんだ、自分は、畜生だったのか。そう感じた瞬間に、瀬人の頭は怪物にぱくりと飲み込まれた

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