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にプロットをいただいて書いたものです。改めて、吉川様素敵なプロットをありがとうございました!

 

 

「…やあ海馬くん。お元気ですか?…僕の方は近頃、とっても寒くなってね。昨日はたくさんの雪が降ったんだ」

皆で雪掻きをした話、城之内くんが静香ちゃんと買い物に行った時の話、杏子が新しいバイト先で御伽君と偶然会った話、本田くんが獏良くんに連れられて不思議なお店に行った話。僕の周りで起きた日常を、彼と唯一繋がっている小さな箱の中へと吹き込んでいく。
受話器の向こうにいるであろう、彼の姿を思い浮かべながら。

────────

「また、アメリカに…?」
異国から来た墓守の姉弟に別れを告げてから三週間程経ったある日、僕は海馬くんから呼び出されていた。
「そうだ。向こうでまだ、やるべきことがあるからな」
窓越しの雲ひとつない青空を背にして、海馬くんはそう言った。
海馬くんが夢見るテーマパークのことで、僕には分からないような難しいことが色々とあるんだろう。その為に、彼はまた遠い場所へと行ってしまうらしい。
「そっか…。しばらくの間、寂しくなるね」
「ふん。貴様も、俺が居ない間に浮気はするなよ」
「もうっ、そんなことしないよ!」
僕と彼とは、実のところ恋人の関係にある。いつどうやって彼と気持ちを交わしあったのだとか、そう言った話は割愛する。当人の僕でさえ、未だによく分かってないし。
「ふふ…さて、どうだかな…」
「なんだか今日は、やけに意地悪だね。君こそ向こうでディナーに誘われちゃってそのまま…なんてこと…」
「ふん、もうそんなことはないさ」
もう、という言葉にどきりとしつつ、椅子に座ったままの彼に本題は、と切り出す。海馬くんのことだし、やっぱり何か用があって僕を呼び出したんだろう。
「お前に渡さなくてはいけない物がある。だから呼んだ」
デスクの引き出しを開けながらそう言う海馬くんの顔は、何だかちょっと楽しそうだ。そんなにいい物なんだろうか。
「ああ、これだ」
彼が取り出したのは、真っ白な箱だった。大きくはないけれど、小さくもないサイズの箱。
「なにそれ。お菓子でも入ってるの?」
「自分の目で確かめろ」
僕の方まで近づいて箱を差し出してくる海馬くんに、これは結構高価な物なんじゃないかと思う。扱いが丁寧だし、何より受け取った時に意外と重みがあった。
まさか彼が愛用してるリボルバーだとか発信機の類じゃないだろうかとヒヤヒヤしつつ、箱の蓋を開いてみる。
難しい仕掛けも何もないことに安心して箱を開けてみれば、中に入っていたのは長方形のこれまた白い箱だった。これは、確か杏子が持っているものと同じ形だ。
「もしかしてこれ、携帯?」
「ああ、俺の番号は既に入れてある。料金もうちが負担する」
「え、いいの?でもまた何で携帯なんか」
「言っただろう。アメリカへ行くと」
アメリカへ行く=携帯を渡すって、どういう思考なんだろうと一瞬思ったけれど、多分彼の浮気が云々の話から察するに、これで海外に行く自分に連絡をとれってことなんだろう。
そんなに僕と離れたくないの?と聞きそうになったけど、聞いた瞬間めんどくさいことになるのが経験上分かってるので心の中に閉まっておく。
「ありがとう。大切に使うよ」
杏子の電話番号聞いておこう、と思いつつ、彼にいつまでアメリカにいるのと聞いてみる。確か来月には学期末テストがあったはずだし、何より半年も経てば年を越す。せめて大晦日、いや三が日くらいには、彼と一緒に過ごしていたい。
「おおよそ…一年は最低でも向こうだ。正月も日本にはいないだろうな」
僕の考えを見越したようにそう言う海馬くんに、淡い期待は萎んでいった。ほんの少しだけど、彼と一年の最後まで過ごせるかもなんて思っていたから、仕方ないにしてもちょっとがっかりしてしまう。
「そっかあ…ちょっと、残念」
「聞きたいことは終わりか。そろそろ、支度をせねばならん」
えっ、と僕が声を上げれば、コンコンと急かすようにドアをノックする音が聞こえて来て、今度はええっと叫んでしまう。まさか、今からアメリカに?
「今すぐだなんて聞いてないぜ!」
「いつだって構わんだろうが。貴様が行く訳でもなしに」
「そりゃそうだけど、もっと心の準備とか…!」
ああ、まだもう一人の僕にすらこの旅立ちを教えていないし、本当は彼とまだ、離れたくはないのに。本当にもう、海馬くんは酷い人だ!
「もう!向こうで怪我なんかしないでよ!」
「怒ったり気遣ったり、忙しない奴だな」
彼は、くすりと小さく笑った。
柔らかい表情を見れたことにホッとしていれば、海馬くんはデスクの上に置かれていたジェラルミンケースを手に取り、ツカツカと歩み寄りドアノブに手を掛けた。
「あ、待って!あと1個だけ」
言わなくちゃいけないことを思い出して、慌てて白い背広に声を掛ける。
振り返った青い目に、僕はにっこりと笑いかけた。
「いってらっしゃい!」

────────

乾いた風が吹くようになって、もうすぐ二週間も経つ。海馬くんの唐突な渡米から、早くも一ヶ月過ぎる日のことだった。
明日から四日間試験が始まるから、という理由で学校はいつもより早めに終わり、さてどうしようかと部屋でもう一人の僕と話していれば、今流行りのアニメの主題歌が携帯から流れ出した。杏子からの着信かと思えば、どうやらそれは何万kmと離れた場所にいる彼からのコールらしかった。
それ以前から時折近況を話していたりしてたけれど、彼の方から電話が掛かってくるのはこれが初めてだ。
ちょっとまってね、とベットの上でカードを広げていた彼に断りを入れながら、サビを繰り返して流す携帯を手に取る。通話ボタンを押せば、遅い。と怒られてしまった。
「ごめんごめん。君が掛けてくるなんて珍しくてさ。元気にしてた?あ、今ってそっちは夜だよね。お仕事終わったの?」
『ふん。質問はひとつに纏めたらどうだ』
「だってこうやって話すの、久しぶりじゃないか。たくさん君の声を聞きたくって」
僕がちょっとはしゃぎながらそう言えば、電話の向こうで海馬くんがフッと笑ったのが聞こえた。
『リップサービスか?まあいい。俺もお前の声が聞けて充分だ』
「ホント?嬉しいな。あっ、待ってねもう一人の僕、まだ僕話してるから」
海馬くんと話しながらも、後ろで暇そうに座っている彼に声を掛ける。もう一人の僕は黙ってこくりと頷いた。
『何だ、デュエルをするのか』
「うん。今日からテスト期間ってことで下校時間が早いんだ」
『ほお。ということは、登校時間も早くなるのだろう』
海馬くんのその一言に、アッと大きな声が出た。
そうだった。学校が早く終わると同時に、登校時間だって早巻きになるんだった。すっかり忘れていて慌てる僕に、そんな様子を見透かしたように海馬くんが電話の向こうでクツクツと笑う。
『そんなことだろうと思ったさ。だからこそ、こうして電話を掛けたのだ』
「ふえ?」
『モーニングコール。知っているだろう?』
「ええっと、確か朝になったら電話で起こしてもらえるってやつだよね?……え…」
まさか、と驚きながら彼の返事を待っていれば、思考を読まれたかの様に、そのまさかだと愉快そうに返された。
『毎朝七時…俺の方で言えば夕方だが。その時間に俺が掛けてやる。悪い話ではないだろう?』
「本当に?いいの?」
嬉しい半分、迷惑じゃないのかと問う僕に、心配するなと彼は言った。
『今しがた一つ仕事が終わったのだ。暫くは電話ぐらい出来る』
それに、と海馬くんが続ける。
『恋人の声は、いつだって聞いていたいものだろう?』
カアッと頬が熱くなる。やっぱり海馬くんは、意地が悪い!
「狡いよ海馬くん!ぼ、僕だっていつもそう思ってるよ!」
そう叫んだ僕の後ろでは、急な大声に驚いてもう一人の僕がカードをポトリとシーツに落としていた。

そんな会話をしたのが昨日。今は既に夜の23時を回るところだ。
時間になれば海馬くんの方から掛けてくれると言うので、今はベッドの中で携帯を片手に待っている状態だ。まるで明日に遠足を控えた小学生の様にワクワクしながら、海馬くんからの連絡を待っていれば、手の中の携帯がぶるぶると震えだした(ママや爺ちゃんは先に寝ているからうるさくないようマナーモードにしている)。慌てて通話ボタンを押し、早まる気持ちを抑えてもしもし?と声を出した。
『…ああ。起きていたのか』
昨日ぶりに聞いた海馬くんの声は普段よりもぼんやりとしていて、彼も寝起きなんだなあとすぐに分かった。
「おはよう海馬くん。ちゃんと待ってたよ」
『ああ…。そんなにはしゃいで、眠れるのか?』
「あはは。正直言って、海馬くんの声を聞いてるだけで、なんだか眠くなっちゃって…」
ふああ…と僕が欠伸をすれば、受話器の向こうでもふう…と小さく欠伸をする声が聞こえた。
『それならば、早く切った方がいいみたいだな』
「ええっ。僕平気だ…よ…っふあ……」
『嘘をつくな。大人しく寝ておけ』
いつめより柔らかい声でそう言われてしまえば、僕の睡眠欲はさらに加速して、瞼を開けているのも億劫になってきた。
「うん…。なら、また明日…朝に…」
『分かっている。…おやすみ、遊戯』
優しい海馬くんの声は、僕を一気に夢の中にへと引きずり込んでいった。


ブーッと、マナーモードにした携帯が震える音で目が覚めた。未だうとうとしながら携帯を手にすれば、画面にはデカデカと「海馬瀬人」の文字が浮び上がっていて、僕は慌てて飛び起きた。
画面右上に出ている7時03分と言う時間にホッと一息つきながら、昨夜と同じように通話ボタンを押す。
「あー、もしもし?」
『ふん。寝坊はしなかったようだな』
「おかげさまでね。起こしてくれてありがとう海馬くん」
『これが一番の目的だろうが。遅刻なぞするなよ』
昨日の夜とは違っていつも通りの口調ではあるけれど、なんやかんやで僕を気遣ってくれているのだ。嬉しくてついつい頬が緩んでしまう。
電話の向こう側にいる彼には気付かれないようにほんの少しだけ口元を緩ませながら、彼の方へと何時に電話をかけるのか、明日もこの時間に、なんて会話をしていればいつの間にか時間は過ぎていて、もう一人の僕からの「時間は大丈夫なのか?」との声が掛かるまで僕は時が進んでいるのを忘れてしまっていた。
「あっ、ホントだ。もう準備しなくっちゃ」
『では、話の通りの時間だな』
「うん!ちゃんと待っててね」
『ああ。ではな』
呆気なくプツン、と切れた会話になんだか寂しくなったけれど、今しがた約束した内容を思い出せばあまり悲観することもない。そう思って、僕は徐にクローゼットを開いた。
『相棒』
ふっと横に現れたもう一人の僕が、フフフと笑いながら僕の顔を覗き込んでくる。
『すごく嬉しそうな顔をしているぜ』
言われて鏡を見てみれば、確かに僕の顔はへにゃりと笑っていて、今にも鼻歌を歌いそうな、そんな顔をしていた。にやけている自覚はあったけど、改めて指摘されるとなんだか照れくさい。
「海馬くんはさ、優しいよね」
『…相棒はいつもそう言うな』
「事実だもん。海馬くんはいい人だよ、かっこいいし」
僕の海馬くんへのベタ惚れな部分がどうにも納得できないらしい彼は、一瞬鳩が豆鉄砲食らったような顔をして、相棒は凄いぜ…と苦笑交じりに呟いていた。

────────

今僕の目の前には、すごく嫌そうな顔をした城之内くんがいる。
事の発端は昨日と同じように早く学校も終わり、さあ帰ろうと鞄を背負っていたら城之内くんと本田くんから声をかけられ、近所に新しく出来たゲームセンターに行かないかと誘われた時だった。僕はつい二つ返事で了承しそうになったけど、海馬くんとの約束をはっと思い出し後ろ髪を引かれながらも断った。
僕がゲームの誘いを断ったのが意外だったのか、本田くんが目を丸くしながら何か用事があるのかと聞いてきたから、つい約束のことを喋ってしまった。それで、城之内くんが今現在苦々しい顔をしているって訳だ。
「そ、そんな顔しないでよ城之内くん…。僕は好きでやってるんだよ」
「それが俺は気に入らねんだよ…俺は遊戯がアイツを優先してるのかと思うと気に入らねー…」
「男の嫉妬は見苦しいぞ城之内」
「るせェ!おめえは親友が天敵に取られてんのにいいのかよ」
「別に俺は、大して海馬にデカイ恨みはねえし」
「お・ま・え・な〜!」
城之内くんに叫ばれやれやれと首を振る本田くんに、城之内くんはさらに噛み付く。城之内くんの「海馬アレルギー」はきっと一生治らないんだろう。いや、本田くんがあの時のことに関してさっぱりし過ぎているだけかもしれない。とにかく、城之内くんの居る前でこの話はやめた方が良かったかもしれない。
「ごめんね…だからしばらくは、あんまり放課後は遊べないかも」
「おう。城之内には俺から適当に言っといてやるよ」
「ぐぬぬ…本田お前〜…」
「ほれ、早くしねーと店閉まっちまうぞ。あ、御伽と獏良!お前らも一緒に行こうぜ」
いつの間にか本田くんに捕まえられてる城之内くんにもう一度謝りながら、僕はそそくさと教室を後にした。今度本田くんにはちゃんとお礼を言っておこう…。

家に着いたあと、ママに口うるさく言われて手を洗ったり服を着替えたりしていれば、もうすでに夕方の4時半になっていた。向こうだと夜の11時半になるだろうか。もう電話をかけてみてもいいかもしれない。
充電器につないでいた携帯を取りながら、電話帳に登録されている彼の番号にかけてみる。
1回、2回、3回、4回…。5回目のコールが聞こえる直前に、電話は繋がった。
「もしもし?海馬くん?」
『…遊戯か』
聞いただけで寝ぼけているのが分かるその声に、僕はもしかしてかけるのが遅かったのだろうかと不安になる。
「ごめん、おそくなっちゃったかな」
『…いや、今ベッドに入ったところで…』
それを聞いて安心したけれど、海馬くんにしては歯切れの悪い喋りに眠くて堪らないんだろうなと感じた。こうして喋っている最中も無自覚でなのかうーとかあーとか言葉にならない声が節々に聞こえていて、なんだか彼が幼くなったみたいでかわいい。
「今日もお疲れ様。ゆっくり休んでね」
『んー…まだ、きるな…』
「え?だって君もう限界でしょ」
「…聞きながら、ねたい」
顔全体がにやけるのが分かった。僕の声を聞きながら寝たいってことだよね。どうしよう、海馬くんがすごくかわいい。
「うん、うん。分かったよ。君が寝るまで切らないから」
『絶対だぞ』
妙にその声だけはっきり喋るもんだから、僕は今までにないくらい笑顔になった。海馬くんには内緒で録音しとけば良かったなあ。
「大丈夫。嘘はつかないよ…あ、でも料金は…」
『平気だ』
「まあ、君がそう言うなら…」
『ん……おやすみ、遊戯』
そう一言呟いたすぐに、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。安心したのか分からないけど、もう寝てしまったんだろう。
「おやすみ、海馬くん」

その日の夜。今日は凄く疲れてたみたいだから掛かってくるのか疑問に思っていたけど、海馬くんからの電話は普通にかかってきた。
「おはよう海馬くん。良く眠れた?」
『ああ』
数時間前までのふわふわした喋り方じゃなくて、シャンとした口調にゆっくり眠れたんだと分かる。少しそっけなくもあるけど、起きたすぐなんだから仕方ないんだろう。
「さっきは…いや、昨日は随分疲れてたみたいだね。あんまり無理はしないでよ」
『分かっているさ。もう切るぞ、仕事が残っている』
「え、…分かった。おやすみ、頑張ってね」
『…おやすみ』
戸惑いながらもおやすみと言ってくれる海馬くんに暖かい気持ちになりながら、僕は布団の中に潜っていった。
通話を切った携帯には待受画面が写っている。城之内くんや杏子たちと撮った写真の前には、12月17日と出ている。ああそうか、来週はもうクリスマスなのか。海馬くんの方は忙しくなるんだろう。無茶をしなければいいけど…。
心配になりながらも睡魔には勝てなくて、僕はそのまま夢の中にへと引き込まれていった。

────────

「あー終わったー!疲れたぜー…」
三日間続いたテストも終わり、教室には皆のテストから解放された喜びが溢れかえっている。城之内くんなんて魂が抜けたように項垂れている。僕はいつも通りの結果だろう。悲観はしてない。
来週で学校も冬休みに入る。海馬くんともここ一週間連絡は続いているし、少し寂しくなりそうだと思っていた冬も大丈夫そうだなと安堵して、僕はワクワクした気持ちで家路を急いだ。

家に着いたと同時に携帯が鳴り出した。この時間に海馬くんの方から掛かってくるとは思っていなくて、驚きながらも切れない内にとバタバタ走りながら自分の部屋へと急ぐ。部屋に駆け込み、4回目のコールが鳴り終わる寸前に通話ボタンを押した。
「もっ、もしもし!」
『?なんだ、随分焦っているな』
慌てて走ってきた僕の呼吸は乱れていて、雪崩込むようにベッドに横になりながらアハハと乾いた笑いで返事をした。
「ちょっとね…。でも、君がこの時間にかけてくるのは珍しいね」
『ああ、一応言っておくことがあってな』
「え?何かな」
このまま寝転んでいたらまたママに叱られるなあと思い、上着だけは脱ごうと体を起こしていれば、海馬くんはなんとなしに喋りだした。
『今日はもうこれ以降連絡が出来ない。それだけ伝えに来た』
手に持っていたハンガーが足元に落ちる。そういえば今日が何日だったかも失念していた。今日は12月22日、海馬くんが最も忙しくなりそうなクリスマスまであと一日しかないじゃないか!
『クリスマス商戦に合わせた企画が難航しているらしくてな。俺直々に行かねばならなくなった。しばらく昼夜が逆転するだろうし、電話は難しくなる』
「そっ、か…」
携帯を耳に当てながら彼の声を聴いていても、僕の心は冷えていく一方だった。仕方ない、仕方ないと心の中で唱えながら、いつものように笑い無理はしないでねと声をかけた。
「君はすぐ無理するから。倒れたりなんかしないでよ!」
『己の限界は分かっているさ…。時間があればまた連絡する』
「うん。…じゃあ、またね」
「ああ」
プツン。また呆気なく、通話は途切れた。

────────

今日何度目かの溜息を吐く。終業式の間も上の空で、隣に座る杏子に言われるまで終わっていたことにすら気づかなかった。今は家で制服も脱いで、携帯を片手に電話を掛けようかどうしようか悩んでいる最中だ。
あの日から、海馬くんから一度も連絡は来なかった。それだけ忙しいというのはもちろんだけど、まさか本当に倒れてるんじゃないかとも不安になって、今こうして連絡をとろうか迷っているけど、一度くらいはかけても平気だろうかと思い始めた。
うん、大丈夫だよ。きっと、多分、恐らく…。
だんだんと不安が募っていきながらも、僕は海馬くんの電話番号に思い切って電話をかけてみることにした。
プルルルル…プルルルル…。
2回、3回とコールの数が増えていく度に、僕の心臓も早鐘になっていく。
海馬くんに出て欲しい。元気な声で、どうしたと言って欲しい。少しでも、笑ってくれたなら…。
『…おかけになった番号は、現在出ることができません。ピーという音の後に、お名前とご要件をお話ください…』
ピーッ。
甲高い機械音を聞きながら、ああ、やっぱり彼は今電話に出れないほど忙しいんだと、虚しさと同時に悟る。これ以上は迷惑だろうと思いながらも、もしかしたら聞いてもらえるかも知れないと最近起こったことをつらつらと話してみる。ほとんどが他愛もない世間話だけれど、僕にとっては全部海馬くんにも聞いてもらいたい大事な話だ。相槌のない無言の相手に語りかけながら、早くお仕事が終わればいいなと願った。
ふうと溜息を吐きながら、部屋に貼られているカレンダーに目を向けた。昨日までの日付には、ママがつけんたんだろう、×印が付いている。
今日は12/29。明後日はもう大晦日だ。

────────

はあ、と重たい溜息が何度も何度も出てきてしまう。
分かってはいたんだけど、やっぱり会えないっていう現実は、余りにも寂しい。
あれからなんなく一週間が過ぎた。夢見た海馬くんとのクリスマスはあっさりと夢に終わり、師走と言う名の通りバタバタと忙しくしている内に大晦日になってしまった。
「はあ…」
「もう、遊戯ったらため息なんか吐いちゃって!別に、通知表のことは気にしなくてもいいのよ」
そう言って、普段より綺麗にお化粧をしてるママにこつんとおでこを小突かれる。
ごめんねママ。海馬くんのことで頭がいっぱいで、通知表のことはすっかり忘れてたよ…。とは、流石に言えなかった。
留守番電話を入れた、クリスマスイブの次の日には、電話で無くてメールが届いていた。
『メリークリスマス』。ただそれだけのシンプルなメール。それでも僕は嬉しくって、また長々と携帯に世間話を吹き込んでしまった。でも、やっぱり。彼の声が聞こえないおしゃべりには、何も楽しさを感じなかった。
それ以来、僕は海馬くんに電話をしていない。忙しいだろうから、迷惑をかけたくないから。そう自分に言い聞かせながら、簡素なメールを送りあっていた。
そして今日。年の最後の大晦日にも、彼とは会えない。仕方がない。この時期は忙しいんだ。だから、立ち直らなくちゃ……。
『大丈夫だぜ、相棒。あいつならきっと戻ってくるさ』
突然そう言ってきた彼に、僕は縋るように叫んでいた。
「連絡、あったの?!」
『いいや、決闘者の勘だぜ』
「…そ、そう」
…普段は頼りになる彼だけど、たまに身も蓋もないことを言い出す。しかし意外にも結局はその通りになったりするから驚いてしまう。
──だから、もしかしたら、なんて。
ほんのわずかに湧いた希望に顔を綻ばせながら、慰めてくれた彼にありがとうと告げた。

──12:44。
紅白歌合戦も終盤に差し掛かり、ママとじいちゃんはテレビに釘付けだ。
演歌にあまり興味の無い僕は、コタツに入りゴロリと寝転びながら変わらず皆で撮った写真を写す待受画面を眺めていた。
一分が過ぎる。12:45。海馬くんからの連絡は、ない。
(やっぱり、忙しいんだよね)
仕方ない、とまた心の中で繰り返す。仕方ないんだ、諦めないと…。そう自分に言い聞かせていた時だった。手の中にある携帯がぶるぶると震えだした。
はっとして画面を見てみれば、そこには「海馬瀬人」の文字が大きく表示されていて、どくんと心臓が跳ね上がるのを感じた。慌てて通話ボタンを押せば、もしもし、と数日ぶりに彼の声が聞こえた。
「かっ海馬くん?!」
『なんだ。何を驚いている』
「だって、すごく久しぶりじゃないか!お仕事は大丈夫なの?」
『こうして電話をかけているんだ。当たり前だろう』
その言葉を聞いて、僕は心の底から安堵の息を吐いた。良かった…一年最後の日に、彼と喋れて…。
ママたちがテレビを見ている傍で電話を続けるのも気が引けたし、僕は二階に上がってベッドに腰掛けた。
『今日は、随分と寒いな。そっちはどうだ?雪も降ってるんじゃないか』
「そうだね。雪も降ってるし、それにすごく、月が綺麗…で……」
言われて外の光景を見た途端、ある一点以外、僕の視界には映らなくなった。
仄かな月明かりの下で、綺麗にライトアップされた街灯や植木に囲まれて、今一番見たかった青い輝きが、僕の瞳をじいっと見つめていた。
気付けば、僕はいつのまにか外へと走り出していた。
ああ、どうしよう。この日のために考えていた台詞も行動も、全て吹き飛んでしまった。こんな時くらいカッコつかせて欲しいのに、本当に、本当に彼は酷い!
「海馬くんっ!」
ハアハアと乱れる呼吸を白くしながら、僕は精一杯の大声で彼の名前を叫んだ。
どくんどくん心臓が煩くて、視界もなんだかぼやけている。それでも彼の姿だけを、しっかりと目に焼き付けていた。
「随分と、慌てているな」
パチン、と携帯を閉じながら、コート姿の彼は振り向いた。
はあはあと息を乱しながら、彼の傍にまで近づく。しんしんと降る雪に、火照った頬が冷やされていった。
目の前まで辿り着いた僕に、海馬くんはにやっと笑いかけた。
「ただいま。遊戯」
「…おかえりなさい、海馬くん…!」
このやり取りが出来たことが嬉しくて、僕は思わず海馬くんに抱き着いた。
「君は本当に!ほんっとうに馬鹿だよ!」
「予定が変わったんだ。嬉しくないのか?」
「嬉しいに決まってる!」
必死に叫ぶ僕に、海馬くんはハハハと笑った。いつもと変わらない奔放さに安心していれば、寝巻き姿の僕はついくしゅんっとくしゃみをした。
「ああもう。明日風邪引いたら海馬くんが看病してよねっ」
「ハハハ。まあいいだろう。それでお前の気が晴れるならな」
海馬くんと他愛ない話をしながら、僕達は積もり始めた雪の上をサクサク歩いて、家へと戻って行く。
ああそうだ。海馬くんもきっと寒かったはずだ。帰ったらママに頼んでおしるこを出してもらおう。そしてみんなと一緒に炬燵に入って、除夜の鐘を聞こう。出来ないと諦めていたことが、次から次へと浮かび上がってくる。叶うことが嬉しくて、少し冷えていた心もじんわりと暖かくなってきた。
僕が彼とやりたいことは、まだまだ沢山あるんだ。

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