城之内も遊戯も決闘のことで何だか色々あるらしくって、俺は久々に屋上で1人ゴロ寝をしていた。
うつらうつらとうたた寝をし始めた頃だろうか。ガチャリと扉が開く。
「…先客か」
聞きなれているけど聞きなれない、よく通る低い声に思わず振り向けば、そこには学生服に身を包んだ海馬瀬人が立っていた。
「よ、よお」
思わぬ人物に動揺しながらも、奴の顔をじいっと見てみる。
城之内が目の敵にしていて、遊戯が好敵手らしい男。あの決闘者の集まった島での一件以来顔を見ていなかったが、相変わらずジメジメとした印象のある奴だ。
「おい本田」
「おう。って、あ?名前知ってんのかよ」
「当たり前だろう」
そう言って、海馬は俺より1mくらい離れた場所に腰掛けた。
何を持って当たり前なんだろう。それくらいの記憶力はあるってことか。
「あ、なあアンタ。遊戯達と話してたんじゃないのか」
「あいつらは今デッキ調整も兼ねて決闘中だ」
「あ、そう。アンタはハブられたのか」
「見て分からんのか。仕事だ」
なんで俺、海馬瀬人とこんなにゆったり会話してんだろう。海馬もなんで、俺と普通に会話してるんだろう。なんというか、とても妙な感じだ。
「本田、暇なのだろう。来てみろ」
「え、あ、おお」
海馬直々に呼ばれ歩み寄ってみれば、奴が弄っていたノートパソコンの画面を見せられた。何かの募集らしい。
「来週の日曜、海馬ランドでショーをするのだが、一人まだ役が決まっていなくてな。貴様なら銃の扱いもそれなりだし、出来るだろう」
「…はぁ」
銃の扱いって、あの時のことだろうか。確かに多少心得はあるし、画面を見る限り時給もいいけど、あの場所で働くのは少々気が咎める。
「わりぃんだけど、それって別の奴じゃダメなのか?」
「他に適役が思いつかん」
あっさり否定された俺の提案に、さてどうしたものかと首を捻る。
この時給、この条件、この依頼主。ウンウンと悩みながらも、まあいいか、と結局軽い気持ちで受けてしまう。あれも昔のことだし、ジョージもまだ海馬に夢見てるみたいだし、引き受けてもいいだろう。
「いいぜ。引き受けるよ」
「そうか、ならば明後日我が社に来い。必要な物を渡そう」
立ち上がりながらそう言った海馬に、俺は何となくこう聞いてしまった。
「なんかお前、今日はピリピリしてねぇな」
言ってしまった後にハッとした。もし今たまたま機嫌が良かった海馬が、このいらん一言で不機嫌になったなら、俺は今のバイトをクビになるかもしれない。
「わ、悪い。つい、何となくそう思っちまって」
慌てて俺が弁明していれば、頭上で海馬が笑う声がした。
「そうだな。貴様の前だと、気を張り詰めなくて済む」
「…へ?」
「…忘れろ。戯言だ」
こちらを振り返らずに屋上から去っていった海馬に、今のは夢だったんじゃないかと思え始めた。
なんだろう、この感じは。俺は今、喜んでいる?
「な、なんなんだ…一体」
よく分からないモヤモヤした気持ちを抱えながら、俺は明後日海馬と会える約束に、密かに心を踊らせた。