リクを頂いて書いたものです
ザアザアと降る雨の中で、海馬は傘もささずにポツンと立っていた。
足元の水溜りを踏みながらゆっくりと近づけば、背を向けている海馬が視線だけを後ろの俺に向けた。
「俺は、貴様を呼んだ覚えはないぞ」
ずぶ濡れになりながらも、依然としてそこから動かない海馬に、ひとつ溜め息をつく。
「急にいなくなったから、探してやったんだろ?」
「探してくれなど、頼んでいない」
「お前が言ってなくても、俺がそうしたかったの」
「……酔狂な奴め」
ぷい、とまた顔を背ける海馬に、さしているものとは別に持って来ていたビニール傘を差し出す。それでも、海馬はこっちを振り向かなかった。
「…なんだよ、風邪引きてえのかよ」
「……貴様には関係ない」
「関係なくねえよ」
「関係ないと言っている、さっさと失せろ」
「嫌だね。お前が一緒に帰るまで、俺はここにいる」
「…貴様とは、関わりたくないと言ってるんだ…!消えろ!」
「っ!」
バシャン、と音を立てて傘が地面に落ちる。海馬に伸ばしていた手が、ヒリヒリと痛みを持ち始めた。
「なんだよ、人が心配してやってんのに」
赤くなってきた左手から力が抜ける。だらりと垂れ下がった左腕を重たく感じながら、右手に握っていた傘の柄にぐっと力を込めた。
「俺じゃ、ダメだってのかよ」
俺じゃなくて、遊戯なら。
「アイツなら、良かったのか」
うっすらと口の中に血の味が流れてくる。噛み締めた下唇がじんわりと痛みを与えていたが、それよりも、キリキリと締め付けられる心の方が、苦しかった。
「違、う」
うるさい雨音の中で、それは小さく聞こえてきた。
「違う、違うんだ。城之内、俺は」
俯いた視線の先に、海馬の靴先が入り込む。
「城之内」
海馬の声が間近に聞こえて、思わず勢いよく顔を上げた。
その瞬間、目の前が青で染まった。
「…!」
口と頬に感じる濡れた冷たさに、ふるりと身体が震える。大きく開いた瞳の前には、薄暗い雨の中でも色を失わない、美しい青が切なげに輝いていた。
「…っ、海馬」
「好きだ」
「な、」
「…好き、だ……」
髪の先からこぼれ落ちる雫が、俺の肩を濡らす。ヒヤリとしたその感覚が、これは現実なんだと教えてくれた。
「…海馬、嘘じゃない、よな」
「………」
「なあ、頼む。もう一回言ってくれよ。俺、泣きそうなんだよ。これ嘘だったら、立ち直れねえよ」
今のを幻なんかにしたくなくて、俺は必死に海馬に縋る。手にしていた傘も投げ出して、びしょ濡れになりながら、目の前の体を抱き締めた。
「好きだよ、俺も。海馬のことがすげえ好き」
「っ!……この、馬鹿が…っ」
悪態をつきながらも力強く抱き返してくる海馬に、目の奥がツンと痛くなる。
冷たい雨に紛れて、暖かくてしょっぱい涙が頬を濡らした。
「ははっ…。俺達、明日はゼッテー風邪引くな…」
なんだか少し気恥ずかしくて、鼻声でそう言えば、海馬がふん、といつものように笑った。
「馬鹿は、風邪を引かないのではなかったか?」
「うるせえ!…な、明日は一緒に寝てようぜ」
「………凡骨が」
まだまだ止む気配のない大雨の中で、俺達は笑いながら抱きしめあった。