時系列不明
(彼が、いる)
そう思ったときには、彼は既に教室の中に入っていた。未だに人混みのある廊下で一瞬佇んでしまった僕は、誰かとぶつかってしまって少しよろめいた。相手は気づいていなかったようで、そのまま隣のクラスへと行ってしまった。ほんの少し痛かったけど、相手に悪気がないんじゃ仕方ないと思い、僕も自分のクラスへと入っていく。
まだざわざわと騒がしい教室内には、小さな人だかりが出来ていた。最近よく見る朝の光景だ。
「海馬くん!今日は一緒にお弁当食べましょう!」「ちょっと!私が先よ!」「海馬!頼む、数Aのノート写させてくれ!」「俺は物理を教えてくんない海馬?明日の小テストヤバイんだよ〜」
男子も女子も入り雑じった青とピンクの山の中心には、にこりと慈愛の笑みを浮かべる、白と金糸を身に纏う彼がいた。
「いいよ、藤田さん。今日は一緒に食べよう。酒井さんも入れてね。飯野くんと篠原くんは放課後にまた来ておくれよ。その時に教えてあげる」
わちゃわちゃとした彼らの中でも、いつも通りに優しく話しかけ微笑む彼、海馬くんは全てのお願いを聞いてあげている。あの光景を昨日も見たけれど、僕は彼が同じ人間には見えない。あんなに優しくて格好よくて、オマケにおかねもち!ああいうのを、神様に愛された人って言うんだろうなぁ。
自分の席に座るのも忘れて、ぽかんとしながら彼を見つめていると、僕の視線に気付いたのか海馬くんがこちらに視線を向けてきた。
――って、ええ!か、海馬くんが僕を見てる?
ありえないことに、あの憧れの海馬くんに見つめられてしまい、僕はビックリしてしまってそのまま固まってしまった。
固まった僕を見つめる海馬くんの目は、キラキラとした色をしていて、ずっと見ていたい気持ちになってしまう。
海馬くんがじぃっと僕を見つめながら、ゆっくりと目を細めてゆく。だんだんと細められる瞳に、僕は引き込まれてしまって、うっすらと笑みを浮かべている海馬くんは、目を逸らせないくらいにキレイで、まるで時が止まってしまったように映る。海馬くんのキレイすぎるほどの笑顔が僕の目に焼き付いて、どこからか、声がするような気がして。
僕、は
――きっと てにいれる
「遊戯!」
名前を呼ばれてハッとする。後ろに振り向けば、城之内くんと本田くんが、眉を寄せながら僕を呼んでいた。
「どうしたんだよ遊戯、ボーッとしちまってよ」
「随分真剣な表情をしていたが…何かあったのか?」
本田くんにそう言われ、海馬くんに話しかけようとしていたと言おうとして、さっきの場所を見れば、そこには白色の彼は居なくなっていた。
「あ…あれ?」
「何だよ、まさかまだ寝ぼけてんのか?」
城之内くんが冗談混じりに言いながら僕の背中をポンと叩く。夢?あれは、夢だったのかな?
「うーん…?」
何だか頭がこんがらがってきてしまった。海馬くんは確かにいたんだ。そこに、目の前に!それなのに、何故か思い出せない。
「先公が来る前には目ぇ覚ましとけよー」
「もし授業中に寝ていれば、美化委員として放ってはおかないからな!」
二人がそう言って自分の席へと戻って行った瞬間に、朝礼のチャイムが鳴り始めた。慌てて僕も席につき、改めてさっきまで彼がいた場所を見てみた。相変わらずそこには海馬くんは居らず、無人の席がただそこにあるだけだった。
(やっぱり、あれは夢だったのかな)
担任が出席をとる声を聞きながら、僕は窓の外の青空を見つめた。
「武藤遊戯。底辺校の、底辺生徒」
自分以外は誰もいない屋上で、 先程見つけた面白そうな奴の名前を呟く。群がってくる頭の悪い奴らとは、同等の様で違ったアイツ。
「久々に、楽しいゲームが出来そうだ」
クスクスと笑いながらそう呟けば、空に浮かぶ白い雲が輝く太陽を陰に隠し、俺を暗い影で覆った。