溜りに溜まった疲労は突然爆発し、ツケはすべて己に帰って来た。
現在俺は検査入院という体の、実質強制休養中だ。
倒れたあの時のことは思い返すだけで腸がグラグラと煮え立ってくるが、医者が言うに一週間だけ検査で入院さえすればそれでいいらしい。余命三ヶ月ですと言われても信じるくらいには勢いよく倒れたはずだが、俺もまだまだタフらしい。
病院特有の匂いにも慣れてきた時だった。恐らくモクバが俺の現状を伝えたのだろう。いつもより多めな荷物を抱えた遊戯が扉の前に立っていた。
「あ…はは。やっぱり、元気そうだね」
「ふん。おかげさまでな」
恐らく「俺が倒れた」とだけ聞いていたのだろう。お人よしな遊戯のことだから多少なりとも心配したのだろうが、生憎病で死ねる程易しい人生は送っていない。
「みんなも、心配してたよ。…一応」
小さく苦笑しながら、丸椅子に座った遊戯に鼻で笑う。
「俺は奴等も知っての通りヤワではない。それより、その荷物だが」
「あ、そうそう。これを届けに来たんだ」
そう言って、遊戯は自分のリュックサックとは別に紙袋を渡してくる。中身は想像していた通り、休学していた分の補習課題のようだった。
「これを渡す係りも、すっかり僕になっちゃったね」
「断ればいいものを」
「だって海馬くんに会えるじゃない!あ、そうだ。渡したい物があるんだった!」
そう言って、 遊戯はゴソゴソとリュックサックの中を掻き回し始めるが、なかなかそれは出てこない。
「え、あれっ。ごめん海馬くん!待って、んあ、あれぇ?」
遊戯が慌てれば慌てるほど、鞄からは色々な物が飛び出してくる。
ぐちゃぐちゃになった数学のプリント、お菓子の包み紙、M&Wのモンスターがついたキーホルダー。
なんだかそれが、面白くって。つい、柄にもなくクスクスと笑ってしまった。
「あっ。今、笑ったでしょ」
「ふふ、お前は忙しない奴だからな。見ていて飽きないぞ」
未だクスクスと笑いながら、足元に落ちたキーホルダーをひょいと拾う。ニタリとした気味の悪い笑みを浮かべた壺の飾りに、またふふふと笑いが溢れた。
「お前は、こんな趣味だったかな?」
「あ!それね。本田くんがくれたんだ。野坂さんに頼まれてガチャガチャしたら、それが連続で6個も出たんだって!ツいてないよねー」
「ハハ。それはある種珍しいな」
「でしょう?あ。でね、これを渡したくってさ!」
そう言って、遊戯は後ろに手を回しうふふ、と笑ってみせた。
「ね、右と左、どっちがいい?」
なんとも懐かしいやり取りだ。昔、モクバが左手に赤いビー玉を、右手に青いビー玉を握って俺に選ばせたのだが、あの時は確か右を選んで赤い方を貰ったんだったか。幼い頃の稚拙な遊びだったが、今でもすることになるとは思わなかった。
「……右」
「うふふー右ね!」
またもおかしな笑い方をしながら、ギュッと握った右の拳を俺に差し出してきた。
「はい!手、出して」
言われたままに拳の下で手を広げれば、遊戯の手からポトリと何かが落ちて来た。
「これは…」
「わっ。それだったんだ」
遊戯が落としたのは、ブラックマジシャンガールの小さなストラップだった。幅広い世代から、特に男児からの人気が高い女モンスターの姿が自分の掌にあるのが物珍しくて、遊戯も俺の手の上を意外そうにのぞき込んでいる。
「実はさ、ペアになってるブラック・マジシャンかガールのどっちかを海馬くんにあげようと思ったんだ。どうやらガールの方みたいだね」
遊戯の左手には、杖を持ち真摯な目で前を見据える魔術師の小さなストラップがあり、自分の持つ弟子の姿を見れば確かにこの二つは対になっているようだった。
「エヘヘ…。お揃い、だね!」
パアッとした明るい笑顔でそう言う遊戯に、俺はまたクスクスと笑ってしまった。
「ね、退院したら一緒にガチャガチャしようぜー。海馬くんならきっと青眼も引けるよ!」
「ああ、そうだな」