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魔キャベ

 

小さい頃から、俺がにこりと微笑めば皆口を揃えて褒めてくれた。「美しい」、「慈愛的」、「花も恥じらう」、いつもそんなおべっかを、俺にかけるのだ。
周りからの賞賛に塗れた俺は、幼いながらに悟った。俺は神に愛されてる人間なのだと。
両親が他界し、唯一の肉親である弟と施設に入れられても、その事実は変わらなかった。
大人は俺を影で甘やかし、他の子供には内緒だと言って、俺が望むものをこっそりと与えてくれた。その度に俺は笑い、たった5文字の言葉を告げた。全く心の篭っていないその言葉で、俺を可愛がる大人達は頬を緩めた。
大人だけでなく、周りの子供も俺を持て囃した。
俺の言うことには全てハイと答える忠犬もいれば、俺の弟を虐める奴らを影で蹴散らす番犬もいた。俺はあまり犬は好きではないので、そう言った奴らは適当にあしらっていたが。
施設にいた一年間は、まるで一国の姫君のような扱いを受けた。時に俺を悪く言う者もいたが、そいつはいつの間にか、どこかの家に引き取られていたこともあった。
そんな日々を過ごしていれば、二つ年の離れた弟がある日、こう言った。

「兄様は、神様になりたいの?」

神様。天地創造の主であり、あらゆる生命の父。いつか読んだ教本に、そんなことが書かれていたのを思い出す。

「モクバは、そうなって欲しいのかい」
「わからない。でも兄様なら、きっとなれるよね。みんなが兄様を好きになるもの」

なるほど、俺は神に愛されていたのではなく、いずれ神になる人間だったのか。
未だに無邪気な丸い黒目を見つめながら、俺は手元の黒のキングを動かした。

「チェックメイト」

部屋に備え付けられたテレビから流れるキャスターの声と弟の悔しそうな叫び声を聞きながら、俺はゆっくりと目を伏せた。
神様になるには、どうすればいいのか。

ぱちりと目を開ければ、そこは見知った俺の寝室だった。カーテンの隙間から漏れる朝日が部屋を照らしていて、今までの光景は全て夢だったのだと気付く。

「懐かしい、夢だった」

無償の愛をひたすらに受けた幼少期の記憶が、未だに残っていたのかと少しばかり意外だった。
朧げな夢を見はしたが、施設を出て海馬姓になった今でも、立場はあまり変わっていない。
剛三郎が振るった鞭は俺に傷跡を残したが、時折奴は父としての威厳さ持って俺に帝王学を教えた。それは、剛三郎なりの愛だったのかもしれない。心を壊した奴に、真実を聞く術はもうないが。
ぼんやりとそんなことを考えていれば、コンコンと扉が叩かれる音がした。

「瀬人様。本日は登校日でございますが、如何なさいましょうか」
「今支度する。モクバは?」
「モクバ様は、本日は休校日でございますので、まだ眠ってらっしゃいます」
「そうか。ならいい」

河豚田と言葉を交わしながら、ちゃくちゃくと身なりを整える。
白色の学生服に身を包みながら、これから通う高校のことを思う。ほんの気まぐれで決めた底辺校だが、俺を楽しませてくれる奴はいるだろうか。
ざわざわと感じる不思議な予感に、くすりとほくそ笑んだ。

どくりどくりと心臓が高鳴る。意味もなく止まる呼吸と、ある一点しか映さない瞳に俺は酷く驚き、人生で最も興奮していた。
目の前には、奇抜な髪型をして青の学生服を着た、鋭い目をした男が立っていた。
ものの数分前までは、気弱で臆病そうな目をしていたそいつが、今は赤い瞳をぎらりと輝かせて俺を見ている。
嗚呼、なんてことだろう!運命とは、本当に存在したのだ!
奴の研ぎ澄まされた視線が、俺の鼓動ごと心臓を射抜いてくる。ああ、その刃のような視線が俺の心臓を貫くなら、それはそれは素敵な死になることだろう。ゾクリと背筋に走る感覚に、俺は思わず溜め息をつく。
そうか、これが恋なのか。熱く身を焦がす、激しい愛情と憎しみ!なんて心地よくて息苦しいんだろう。
初めての感情に、口元がニヤけるのを抑えきれない。こんなにも俺の心を掻き立てる人間が、存在していたのだ!

「君に会えて嬉しいよ。遊戯くん」

感情を悟られぬよういつものようにニコリと笑いながら、片手を目の前に差し出す。遊戯の赤い瞳が俺の目を見つめ、燃え盛る赤色の中に、俺の金色が映り込む。二人の間で、感情の入り交じった視線が絡み合った。
この赤色が、欲しくてたまらない。今までのチンケな奴等の愛など、この男の足元にも及ばないだろう。

「僕はね、遊戯くん。君のことを…好きになってしまったようだ」

皆が愛した声色と笑顔で、そう言ってやる。
ああ、待ちきれない。早く、早くその赤色をこの手に!
急く俺の瞳を覗きながら、遊戯は一瞬眉をピクリと動かし、何故だか重たい息を吐いた。

「俺はお前が嫌いさ。海馬瀬人」

ピクリ、と顳顬が動くのを感じた。
今、目の前の男は何と言った。俺を嫌っている?この俺が、好きだと言ったのに?

「どういう、ことだ」
「そのままの意味だ。お前の姿を見るだけで、俺は鳥肌が立つようだぜ」

ぐるぐると思考が頭の中で渦を巻く。先まで沸き立っていた頭も、一気に熱が冷めていく。
何故?俺は愛される為に生まれた人間だ。神をも超える、唯一無二の存在。皆が羨み愛を注ぐこの俺を、嫌い?

「僕を、なぜ嫌う?僕は、誰よりも素晴らしはずだ」
「お前はただの人間だ、海馬。それに気づかないのなら、お前なんかに俺の心は渡せない」

淡々と俺に語りかける遊戯は、呆れたようにまたひとつ溜め息をついた。取られることの無かった手が、ふるふると震える。今までに感じたことのないまでの怒りが、俺の頭と心を侵食し始める。

「っ…!貴、様…!」

猫を被るのも忘れた俺が怒りに顔を歪ませれば、奴の赤い目と唇が、ゆっくりと弧を描いた。

「ああ…。お前はやはり、汚らしい人間の方が似合っているぜ」

神になれると信じ愛を笑った少年が、愛を語る亡霊に踏み潰され、ぐちゃりと音を立てながら死に絶えた。

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