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もとはし社長×はやま社長

 

麗らかな陽の下で、彼らの中でも大人と称される本橋と羽山の2人は午後のティータイムを過ごしていた。奇人変人ばかりが集まったこの屋敷にも、憩いの場というものはあるのだ。使う人間も存外多い。
夏だというのにあまり日差しも強くなく、多少蒸し暑いくらいの今日はお茶をするにも丁度よく、仕事をちゃくちゃくとこなし小林と南が書類の山に埋れる中をあっさりと通り過ぎて本橋と羽山はベランダへと赴き、何を話すでも無く新しく手に入ったのだと言うダージリンの味を楽しんでいた。
庭に咲いたクチナシの白い花弁を眺めながら、本橋は紅茶を一口含み、満足気にふうと息を吐いた。コーヒー派、紅茶派、ジュース派、アルコール派で別れる彼らの中でも、特に紅茶にうるさい本橋の口にもその味は合ったようだ。
羽山は本橋を取り巻く雰囲気が一気に明るくなった(本橋の感情の機微に気付くのは羽山と平山だけだ)ことに喜んで、隠れて小さく微笑んだ。本橋が喜んでいるのなら、自ら選んだかいがあった。
フフ、と隠れて笑う羽山を知ってか知らずか、本橋は眺めていた庭から目を離し、こちらを見ていた羽山に視線を合わせた。
「…何だ」
「何か、言いたいことがあるのか」
「別に。今日のは口に合ったのだなと、そう思っただけだ」
他の住人とは違い、この2人は多くを語らないので常に会話が弾まない。傍から見れば仲の悪いように見えるが、これでもお互い最も気兼ねなく会話の出来る人間だと思っている。
案の定会話の途切れた2人だったが、珍しく本橋がそう言えば、と話しかけ会話が再開した。いつもならばこれ以上何も言わずに紅茶を飲み干すのに、と羽山は内心驚いていた。
「これに合う菓子は、まだ無かったな」
「ああ…茶菓子はまだ買ってなかったな」
「明日、買いに行かねばな」
そう言って、本橋はグイッと紅茶を飲み干し、優雅な動作で立ち上がった。
もう行くのかと寂しく思っている自分の本心には気付かず、羽山は意図せず名残惜しそうに本橋の顔を見上げた。
そんな羽山の顔を見た本橋は、この男もこんな顔をするのだなと意外に思っていた。
「羽山」
「?何だ」
「明日は、俺が迎えに行く」
突然言われたその言葉は、羽山には一瞬理解出来ずどういう意味だと聞き返そうとしたが、声を掛ける寄り早く本橋はこの場を立ち去って行った。
「…迎え…?」
さて、迎えとはなんのことだか。先程までの本橋との会話を思い出してみれば、羽山はその意味に気付きあっと小さく零した。
明日、茶菓子を買いに行くと言ったのは、まさか自分とのつもりだったのか…。
思わぬ急な予定に驚きながらも明日のスケジュールを確認すれば、どうやら一日何も無いようで羽山は安心してホッと溜息をついた。
羽山は安堵して残り少ない紅茶を口に含む。明日は一日、本橋と店を見て回ってもいいかもしれない。
いつの間にか羽山の口許が緩んでいることには、誰も気付いていない。

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