なんとなく、キスがしたいなと思った。
「っ……、な」
俺が顔を離せば、海馬の切れ長な目が大きく見開かれた。いつもは真一文字に結んでいる口も、今はポカンと開いている。
「…遊、戯」
「なんだ?」
きょとんとした表情をする海馬がかわいくて、触れていた頬を優しく撫でる。なるほど、こいつは意外と可愛げがあったのか。
「今、何をした」
「何って、キスに決まってるだろう」
さも当然のように俺がそう言えば、海馬がピクリと肩を揺らし、パチパチと瞬きを繰り返す。
「……貴様、頭がイかれたか」
海馬は丸くしていた目を細めて、じとりと俺を睨んでくる。そんなことはないと言おうとしたが、自分でもこの行動の意味が分かっていなくて、思わず首を傾げた。
そう言えば、何故海馬にキスをしたいと思ったのだろう。ただ、目の前に座っていただけなのに。
「…そうかもしれないぜ」
「…はあ…呆れて物も言えん…」
手で顔を覆って呻く海馬を見て、さてどうしてだったかと考える。
人恋しかったのか、気紛れが過ぎたのか。それとも、
「お前のこと、好きなんじゃないか」
ぽろりと、言葉が口から落ちてきた。
「……は」
「……ん?」
俺と海馬の間に、いくつものクエスチョンマークが飛び交う。どういうことだか、自分ですら言葉の意図が理解出来ない。
「おい、遊戯、貴様」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔、とはこういう顔なんだろうな、と瞬きを繰り返す青い目を見ながら頭の片隅で思う。
いやそんなことより、俺は一体、何を。
「…好き、なのか。貴様が、俺を」
「え?」
「ええい貴様が言い出したんだろうが!ハッキリしろ!」
苛立って大声を上げる海馬の顔は赤らんでいて、見ている俺の頬までもが熱くなってきた。
待て、まさか、そうなのか。
「両想いなのか、俺たち」
一瞬の間。その間が、俺には数時間の空白に思えた。
「…そう、だな」
嗚呼、バクバクと高鳴る心臓の音が煩わしい。こんなにも気持ちが晴れやかになったのは、初めてかもしれない。
「また、キスしてもいいか」
「は、」
「すごく、すごくしたい気分なんだ。海馬」
……勝手にしろ!
そう言って、海馬は赤い顔をグッと近づけてくる。
全く、雰囲気もへったくれもないぜ。
「好きだぜ。海馬」
「…っ、人たらしめが…!」
悪態をつきながらも嫌な素振りを見せない海馬にくすりと笑いながら、今度はなんとなくではなくて、愛しい気持ちを込めて唇を重ねた。