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もとはし×っなき・っなき×かがみ×つなき

 

ふと目を覚ませば、時計の針は深夜を指し、俺の喉はカラカラだった。
 寝起きでくらりとする頭を起こしながら、乾いた喉を潤す為に水を飲もうと部屋から出る。皆が寝静まった暗闇の中を歩いていれば、ふと、ぼんやりと光が漏れている部屋が見えた。
はて、あの部屋は確かつなきの。いつもは時間に厳しいつなきが、こんなにも遅くまで起きてるとは驚いた。
なんとなく興味が湧いて、光が溢れているドアの隙間から中を覗いてみる。
 書類の重なったデスクには主はおらず、思わず首を傾げたが、俺はすぐにつなきがどこにいるのか分かった。壁が死角となってつなき自体は見えないが、ツンと上を向いた白いつま先が部屋の向こうに見えたからだ。
つなきの足は、俺よりも大きめで、少し小指が短い。何度も一緒に風呂に入ったことのある俺にはすぐ分かった。だが、なんだか様子がおかしい。眠っているのならあんなに高い位置につま先は来ないし、何故かひょこひょこと上下している。一足だけでなく、二足とも。はて、おかしい。
ぴょこぴょこと上下するつま先は、ギュッと力を込めて丸まったり、ピンと先まで伸びたりして、忙しなく動いていた。
ぼうっと不思議な気持ちでそれを眺めていたら、だんだんとつま先は早く動くようになった。そう言えば、なんだか先程からギシギシと何かが軋む音がする。恐らくは、つなきのベッドが軋んでいる。彼は、運動でもしているんだろうか。
すると、つま先は急に壁の向こうへと引っ込んでしまった。何だか、詰まらない。
しかしいつまでも覗き見しているのもバツが悪い。そう思い立った俺がドアから離れようとすれば、小さなか細い声が聞こえ俺を引き止めた。

 「あ、っ……、……は…」
 「……なき……っ」

 聞こえてきたのは、二人の声。
なんだか苦しそうな声が、つなきの筈だ。それじゃあ、もう一人は?

 「……つ……なき…っ」

ああ、分かった。この声は本橋だ。でも、何故だか本橋も苦しそうで、思わず俺は不安になる。
もしかしたら、二人は今病気やらで、周りに知られまいと我慢していたのかもしれない。なんとも面倒なことを。死んだら誰が後仕舞いすると思っているのか。
 少しばかりイライラとしながら、一言文句でも言ってやろうかと足を一歩前に踏み出す。が。

 「……かがみ」

 気だるそうに呼ばれた自分の名に、ビクッと体全体が跳ねた。まさか、気付いていたのか。一体いつから。

 「加々美。入れ」

どこか熱っぽい声で本橋にも呼ばれ、俺はふう、とひとつ息を吐いてから、部屋の中にへと足を踏み入れた。
 死角になっていた壁の向こう側に居たのは、やはり本橋とつなきで、つなきはシーツにくるまったまま横になっていて、本橋の方は半裸でベッドに腰掛けていた。

 「覗き見とは、趣味がいいとは言えんな」
 「偶然だ。それより、貴様ら一体何を」
 「加々美」

 俺がそこまで言いかけて、背を向けていたつなきから名を呼ばれたことで言葉がピタリと止まった。

 「…加々美、きてみろ」

 呼ばれるがままにふらふらと近づけば、つなきはうつ伏せのまま俺を見上げてきた。
 常ならば穏やかな湖のように澄んでいる瞳が、今は熱に溶けてとろんとしていて、少しドキリとする。

 「いいのか、つなき」
 「かまわない。それに、そろそろだと思っていたから」

そろそろ、とは何のことだろう。本橋の方を向けば、奴はただ二度首を横に振って何も言わずシャツを羽織り立ち去っていった。
 出て行った本橋の背中を眺め、またつなきに視線を戻す。白のシーツに身を包んだつなきはふっと笑って、俺の不安を取り除くように優しい声で語りかける。

 「なに、不安がる事はない。みんな、いつかは覚えることだ」
 「皆?つなきも本橋もか」
 「そうさ。いずれは小林だって覚えるんだ。恐れることはない」

あのチビまでもか。なるほど、アイツに出来て俺に出来ない事などない。その一言で確かに、俺から不安はなくなった。

 「つなき、俺は何をすればいい」

ぎしりと音を立てながら、先程の本橋のようにベッドに座る。その時視界に入ったつなきの乱れた髪が何となく気になり、体を支えていた右手でシーツに広がる茶髪に指を通し、すすすと上に動かし撫で付ける様につなきの頭を撫でた。その感覚がくすぐったいのか、つなきがクククと笑う。

 「ああ、なるほどお前は天性の…。いや、よそう。しかし、ふふふ、やっぱりか」

ブツブツと呟きながらふふふクククと笑うつなきを訝しげに見詰め、そう言えばコイツは俺達の中でも特にオカシイ奴だったなと思い出す。この屋敷に住む人間は、皆どこかおかしい。その中でも、コイツは陰湿なおかしさがある。何をしでかすか分からないし、小難しいことを好むから、井上や川口とは反りが合わない。
そんなつなきではあるのだが、やはりその容姿が人間味の無さを助長させていると思う。佇むだけで蝶を呼び寄せる花のような存在。誰よりもつなきの傍にいた俺ではあるが、今でもその色香には慣れない。
ぼんやりとそう考えていれば、つなきは黙った俺にただつらつらと語り出す。

 「加々美、お前はきっとすぐにでも俺を越す。だが俺は嫉妬なんてしないさ。お前は誰よりも"そうあるべき"人間だからな」

 回りくどい言い方だが、貶されている訳でもなさそうなので、そうかとだけ返事をする。

 「お前は何もしなくていい。覚えればいいんだ。今からすることの愉しさをな」

そう言って、つなきは体を起こして俺の頬に触れた。シーツの下から現れた白い体には赤い跡があった。本橋がつけたのだろうか、それとも、別の誰かが。

 「嗚呼、加々美は綺麗だな」
 「…お前はいつも、そればかりだ」
 「事実だからだ。お前は、美しい」
 「お前だってそうだろう。つなき」

その言葉につなきは一瞬キョトンとして、くすりと密やかに笑った。つなきの百合が花開く様な笑みに惹かれ、俺は静かに口づけた。

───────

「俺はお前が眩しいんだ」

 向かい合わせて寝転がりながら、つなきがポツリと呟いた。

 「お前はきっとみんなを虜にする。そう、みんな」
 「…つなきは、それがいやか」

 自分が出した筈のその声が、思っていたよりも掠れていて驚く。つなきに翻弄されていたせいだろうか。

 「さあな。でも、お前になら全てを喰われても構わない」

 随分と熱烈だなと言えば、つなきは困った顔をして、駄目か?と笑った。

 「…こんなことを言いたくはないが、本当は加々美に「コレ」を教えたくはなかったんだ」

つなきがゆったりとした手付きで俺の腹を摩る。優しくゆっくりと、まるで本当に自分が子を宿した身だと錯覚するくらいに。

 「でも、お前が綺麗なままでは、きっと神が怒ってしまうから」
 「酷い話だな。神が清廉を拒むだなんて」
 「…本当だ。神はなんて、酷いんだろうな」

 長いまつ毛を伏せながら脱力するつなきを引き寄せ、ギュッと腕に抱く。トクトクと血が流れる音が聞こえて、触れ合った肌が暖かい。
トントンと規則的に背中を叩いてやれば、つなきは静かに寝息を立て始める。寝顔を覗き込めば、それはいつもの顔よりも幼くて、儚いようにも見えた。
これからは、きっとこんな朝を迎えることが増えるのだろう。でも、この寝顔さえ忘れ無ければ、俺が深みに堕ちることはない。
せめて今だけは、この弱くて美しい男と眠っていても、いいだろう。
 心の中で顔も知らぬ神に問い掛けて、返事も待たずに俺は瞼を閉じた。

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