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汗が頬を伝う感覚で、ぼんやりとしていた自分の頭がハッキリしてきたのが分かった。真っ暗な部屋の中でシーツに横たわり、ただ無心で息を整える。深呼吸を繰り返してる間、片手に感じる濡れたティッシュの感触が異様なくらい生々しく感じれて、嫌悪するように力の抜けた腕で丸めゴミ箱へと投げ入れた。空っぽの容器にコトンと音を立てて入っていくそれが、今はとても虚しく思える。
あの男を過去と見なす為には、あと何回夜を過ごせばいいのだろう。
現実を分かっている様で、考えるのをやめる事が出来ずにいる自分が忌々しいと思った。しかしそうすることしか出来ない現実の先には、奴のいない未来ばかり広がっている。ぽっかりと、奴がいた筈の場所に穴が空いた未来への道に、俺は足を掬われて何処かへと落ちてしまいそうだ。そんな馬鹿げた世迷言も、今は誰も笑い飛ばしたりはしない。誰も、俺も、アイツすらも。
くだらない想像を繰り返す頭の片隅で、奴の背中を思い出した。
俺よりも低い背で、しかし風格の漂う後ろ姿。あれを追い越すのが俺の人生の目標だったのだ。全てを背負い生きることを覚悟した背中を、王として先を歩く、あの姿を──。

「……暑い…」

額に流れた汗を拭き取り、はあ、と溜息をつく。
今の俺はどうしようもないくらい、身体が熱かった。

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