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頂いたリク内容「眼鏡を掛ける王様」。何故かギャグっぽくなった

 

たまには何処かへ行かないか?と遊戯に言われ、軽い気持ちで承諾した昨日の俺に、馬鹿な約束をしたものだと頭が痛くなる。

「キャー!遊戯く〜ん!」
「武藤遊戯だ!サインしてください!」

ワアワアと騒ぎ立てる外野に、ハアとひとつ溜め息を漏らす。騒ぎの中心に立つ遊戯を見れば、驚いた顔をしてその場に立ち尽くしていた。

(二人きりになれる場所など、ないものだな)

当たり前だが忘れがちなことを、またひとつ溜め息をつきながら考える。
第一、計画も無しにうろちょろと人目に付きそうなところを歩いていれば、いつかはこうなるはずだ、そんなことにまで頭が回らなかったのかと、眉間を押さえながら思案した。
兎に角、今は渦中の遊戯をなんとかしなければ。

(あまりやりたくはないが…)

チッと舌打ちしながら人混みを掻き分け、遊戯の近くにまで寄ってやる。周りからは、野次馬の一人にしか見えないだろう。もちろん、遊戯自身にもだろうが。

(わざわざここまでしてやったのだ。ただでは済まさん)

今の俺の格好は、普段のものとは違う。一般人にしか見えないような、普通の服をわざわざ仕入れたのだ。……今日の、ためにだ。

(この俺に恥をかかせおって!)

イライラしながら遊戯に大股で近付けば、力を込めて腕を引っ張ってやった。
突然腕を引かれて驚いた遊戯が、赤紫色の目を大きく見開きながらこちらを見上げた。
周りも俺に怪訝な視線を寄越していたが、それを無視して、何とか口角を上げてニコリと笑ってみせた。

「すまない!待たせたね、さぁ行こうか「雅人」!」

わざとらしいくらいに大きな声でそう言えば、周りの野次馬共と目の前の遊戯がえ、と困惑した声をあげた。

「いやぁ随分あの武藤遊戯にそっくりな格好じゃないか!まるで本物だなー」

ヒクヒクと引き攣る口でなんとか笑顔を保ちながらこれまた大きく叫べば、周りの奴らがざわりと沸き立った。こいつが人違いだと察し始めたようだ。

「え、いや、俺は」
「黙っていろ遊戯。俺に合わせろ」
「な、お前海…いや、分かったぜ」

唯一この状況についていけていない遊戯が俺の言葉を否定しかけたが、小さな声で俺がそう呟けば、漸く自分がどうすればいいのか理解したようだった。

「そ、そうなんだぜ!そういう感じの服なんだ!」
「そうなのかい!いやぁ君が本物な訳ないものなぁ」

アハハアハハと棒読みで笑い合う俺達に内心呆れながら、野次馬がいた辺りにちらりと視線を寄越せば、既に皆勘違いだったのだなと思い俺達の周りからは離れていた。
ふぅ、と息を漏らせば、遊戯が小さな声ですまないな、と言って苦笑する。

「これでも、バレないと思ったんだが…。上を隠さなきゃ、意味が無かったみたいだぜ」
「当たり前だ。貴様のせいで余計な恥をかいたわ!」
「いや…、お前の演技力は流石だぜ」
「そんなことはどうでもいいのだ。さっさとその見た目を何とかしろ」

いつもの学生服は脱いでいたが、あの特徴的なアクセサリーやらゴテゴテのベルトやら着けていれば、嫌でも目に入ってくるものだ。それに加え、遊戯のこの特徴的な頭は、こいつ以外には考えられないだろう。

「はあ…仕方が無い、しばらくこれを被っていろ」

そう言って、俺が万が一で持っていた帽子を渡してやれば、ああ、と言って遊戯が深く帽子を被った。
どうやってあの髪が全部収まったのだとか、考えるだけ無駄なことは頭の隅に追いやっておく。

「どうだ?分からないだろう?」

どこか得意気な顔をしながら言う遊戯に多少ムカっとしつつも、確かに、先程よりかはマシになったなと思う。

「まあ、十分だろう…そうだ、これも渡しておいてやる」

もう一つ、万が一と考え持っていたケースを渡せば、遊戯は首を横に傾げた。

「これは…眼鏡ケース、か?」
「それもあれば、バレる確率は減るだろう」

赤と黒のストライプが入ったそのケースを開ければ、中には黒縁の眼鏡が入っていた。

「お前用に誂えてある。度は入っていない」
「随分と、準備がいいんだな」
「貴様が無計画すぎるだけだ」

そうやって軽口を叩きながら、ずっとここに立っていても仕方ないと、ゆっくりと道を歩き出す。
あまり人影のない歩道には、枯葉が積もっており、足を踏み出す度にカサリと音がした。

「ん…どうだ、海馬」

並んで歩いていた遊戯がこちらを振り向けば、その顔に四角い黒縁の眼鏡を掛けていた。
見慣れないその姿に、ほんの少し、ドキリとしてしまった。

「…悪くはない」

ぷい、とそっぽを向きながら答えてやれば、こちらを見ていた遊戯がクスッと笑った。

「なんだ、何がおかしい」
「いや…フフ、海馬。耳、赤くなってるぜ」
「っな…」
「たまには、こういうのもいいかもな」

笑われたことに文句を言ってやろうとすれば、クスクスと笑いながら眼鏡を上げる遊戯に、思わずまた心臓がドキリと跳ねる。

「……今日だけは、許してやる」

いつもと違う姿に翻弄されている俺に内心呆れながら、たまにはこんな日々も悪くないな、と小さく笑い、隣で歩く遊戯の手を、キュッと握ってやった。
遊戯は少し驚いた様子だったが、俺の手を離すことなく握り返してくる。
寒空の下で繋いだその手は、とても暖かかった

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