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表杏と表海要素あります

 

いつもは白と青の二色で飾られているKC本社でさえも、この日ばかりは街ごとピンクと赤色で彩られて、主に女性たちがわいわいと賑わっている。なんて言ったって、今日は日本中が甘い香りで包まれる、バレンタインデイだからだ。
そんな日の僕のクラスでは、誰が一番チョコを女子から貰えるかで競争していたけど、結局獏良くんがダントツ一位で、最下位だった本田くんからチョコシューなるものを奢ってもらったことにより、この不毛な戦いはお開きになっていた。本田くんには悪いけど、この結果は目に見えていたと思う。

そうそう、実は童実野高校にはこの日に関する暗黙のルールが一つだけある。それは「バレンタインデイに渡すチョコは、本命以外は禁止」というものだ。詳しいことは僕も知らないけれど、あの退学魔女でさえ本命チョコは没収しないんだとか。彼女も一応は元女子なんだし、オンナゴコロというのが分かるんだろう。
だから、というか、ここまで聞けば分かると思うけど、獏良くんが貰ったチョコは全て彼に恋焦がれる子が渡したものだし、他の男子だって今日受け取ったチョコは全部本命チョコのはずだ。

つまり、今なんとなしに机に手を突っ込んだ僕の指に当たったこのラッピングされた箱は、誰かからの本命、ということになる。

……え、え、え。

「どうしたの?遊戯」
固まっている僕を不思議に思ったのか、隣の席に座る杏子が声をかけてくる。机の中に入っていたプレゼント、そして隣の席は杏子。もしかして、もしかするのかな…!
期待に胸を膨らませながら、杏子にねえと問いかける。
「あのさ、杏子。杏子はバレンタイン…」
「ああ、チョコのことでしょ?もちろん学校には持ってきてないわよ」
…もちろん、なんだ。そっか…。
「あれ、もしかして遊戯、その箱」
しまった、と思ったときには、既に僕の悩みの種である真四角の箱は杏子の手に渡っていた。
「マジ!?へえー遊戯もとうとう本命かー」
「ま、まだ分かんないよ!間違って僕の机に入れたのかも…」
しどろもどろになって言い訳する僕に、杏子はニヤニヤ笑いながら肩をポンと叩いてくる。
「よかったじゃん!やっぱり遊戯にはだんだんファンが出来てきてるのよ!…あら、それだともう一人の遊戯に渡したってことにも…?」
「え、いや、それは…あ、ほら杏子。野坂さんが呼んでるぜ!」
僕が指差した先には、杏子を呼んでいるリボンちゃんこと野坂さんがいた。
「ホントだ、何かあったのかしら」
椅子から立ち上がり、彼女の元へと移動した杏子にホッとしつつ、さっきの不安そうな表情を思い出す。
杏子がもう一人の僕のことを好きなのは、当事者の彼以外は気づいていると思う。それなのに、彼は杏子は僕に気があるなんて言うし、きっと悪気は無いんだろうけど、ちょっと傷つく。

せめて彼が杏子の気持ちにさえ、答えてくれれば、僕だって安心できるのに…。

『呼んだか、相棒』
「うわあ!」
突然現れた彼に驚きすぎて、思わず大声を出してしまった。ああ、何人かが不思議な顔をして僕を見てる。
『相棒?』
なんにもないような素振りをしながら、腕で顔を隠して机に突っ伏す。僕はポーカーフェイスがそんなに得意ではないから、彼と会話するときは出来るだけ表情が周りに見えないようにする。
『ごめんね、もうひとりの僕。ちょっと悩んでただけだよ』
君の事で、とは言わないでおく。
『悩み?…ああ、そういえば、今日は贈り物を貰う日だったか。貰えなかったのか?』
案外彼は、堂々と人が傷つくことを言う。悪意のない暴言というか、とにかくちょっとトゲがある。僕はもう慣れてしまった、っていうか慣れざるを得なかったし。
『実はさ、貰えたのは貰えたんだけど、誰からか分からなくて…』
『差出人が分からないのか。ふむ…杏子、は違うみたいだな、その様子じゃ』
『誰だろう。まさか、ホントに僕のファンから、とか?』
『…なあ相棒。あいつは、どうなんだ』
急にしおらしくなった彼は、内緒話をするようにこそりと僕に耳打ちしてくる。別に僕以外には聞こえないから、そんなことしなくてもいいのに。
『あいつ?あいつって?』
僕がそう聞けば、彼はちょっとカッコつけた顔をした。いやまあかっこいいけど、ふわふわ浮いた姿じゃなんかシュールだよもう一人の僕。
『海馬だぜ、海馬瀬人』
その名前を聞いて僕はビクリと肩を揺らした。
『海馬って、あの海馬さん?』
『あの海馬以外、思い当たるのか?』
当たり前だろうと言わんばかりに返してくる彼に、僕は何だか目の前がくらくらする。

海馬さん、本名は海馬瀬人。地毛だという栗色の髪をサラサラと揺らして、宝石みたいにキラキラした青い目を持ったクラスメイトで、180cm以上はある長身と、杏子にだって負けない迫力があるスタイルの女の子。だけど彼女、見た目はまさにお姫様って感じだけど、中身はこれでもかっていうくらいの変わり者。普段はお嬢様って感じにしゃなりしゃなり歩くけど、ホントは大股で威風堂々と歩く位男勝りなのを、僕や親友の城之内くんたちは嫌というほど知っている。
そして、そんな彼女とデュエルモンスターズで何度も戦っているのが、もう一人の僕。
もう一人の僕と海馬さんの関係は、端的に言うならお互いに認め合ったライバルだ。でもこれは本当に簡略化した説明で、実際はもっと殺伐としてる。殺し殺されるとか、精神を崩壊させるだとか…どうしてこんなにもおっかないんだろう。
でも、そんな彼女からのプレゼントを気にするってことは、もしかして、そういうことなのか。
『あのさ。君、海馬さんのこと』
『いい女だと思うぜ』
黒。完全なる自白だ。
そうか、君はそういう奴だったんだな。なんてどこぞの収集家の少年のようなセリフが浮かんだけど、それよりも彼の恋愛観についての方が大事だ。そりゃあ、海馬さんは綺麗だし、頭もいいし決闘も強いし、む、胸だっておっきい、けど。
『…君、杏子のことはどう思ってるの?』

僕が一番聞きたかったこと、それは杏子に対する思いだ。
杏子は、僕にとってはとても大事な人だ。何が何でも、守りたいと思える存在。そんな彼女を悲しませるとしたら、僕はきっと自分の片割れですら許さない。

『杏子は、大切な仲間だぜ。それに、守りたいと思える存在だ』
でも、と彼が続ける。
『杏子には相棒達がいるが、海馬には、俺しかいない』

『…はあー…』
もう、ため息しか出なかった。
こんなにも熱烈な告白を聞かされちゃ、僕にはどうすることも出来ない。
『そうだね…君しか、彼女と隣り合わせで生きてはいけないだろうね』
『…なんか、恥ずかしいことを言った気がするぜ…。で、相棒。それの送り主は、海馬なのか?』
ソワソワと落ち着かなさそうに聞いてくる僕の相棒に、分からないとだけ告げる。まあ確かにその可能性はあるんだけど、もし違った時のための予防線だ。
『まだ本人に聞いてないからさ、君から聞いてみたら?』
『ん…いいのか、相棒』
『僕としても、さっさとケリはつけてもらいたいしね』
そう言って、彼にほぼ強制的に体を明け渡す。僕よりも、彼から声をかけてもらった方が海馬さんも喜ぶだろう。というか、俗に言うリア充に彼らがなるシーンなんて僕は見たくない。
『じゃあ、頑張ってね』
『あ、待ってくれ相棒!相棒…!』
はあ、何だか妙に疲れた。しばらく眠っていたい気分だ。こういうのを自暴自棄と言うんだろうか。

キィン…と耳元で響く音が途切れた時には、俺は相棒と体を入れ替わっていて、周りのざわざわとした空気も肌で感じ取れた。
心の部屋に入っていった相棒に何度も呼びかけるが、どうやら既に眠ってしまったらしい。
なんだか随分と相棒は憂鬱としていたみたいだが、俺は何か不味いことを言っただろうか。ああそれも大事だが、今は海馬だ。あいつはどこにいるんだろう、探さなくては。

「おい、遊戯」
頭上から聞こえた声にハッとして、勢いよく顔を上げる。
「なんだ、居眠りでもしていたか」
目の前にいたのは、腕を組んで俺を見下げる海馬だった。
探す手間が省けたな、と思うと同時に、箱の存在を思い出してどきりと心臓が高鳴る。
もしこれが海馬からなのだとしたら、それは紛れもなく、俺に対する好意の証だ。
「海馬、聞きたいことがあるぜ」
改まってそう尋ねれば、海馬の長い睫毛はピクリと震えた。冷静な風を装っているみたいだが、動揺しているのは丸分かりだ。こういう分かりやすいところが、浅はかで愛おしい。
「この箱、お前が机の中に入れたんだろう」
ぽうっと海馬の頬が桃色に染まる。なんて、なんて可愛らしい!そうか、本当に、お前は俺のことを。
「…そうだ。俺が入れた」
「嘘じゃないな?そして、お前はその言葉の意味を、知っているな?」
「あ、当たり前だ…!」
心の奥底から、感情がせり上がってくる。天にも昇る気持ちというのは、まさにこのことだろう。ああ、高らかにこの思いを叫びたい。俺は、愛する人を愛し合う人にできたんだ!
「…遊戯。笑わずに聞け」
「笑うもんか。何だ?」
周りに居た生徒たちも、既に皆教室を離れている。今ここにいるのは、海馬と俺の二人きり。誰にも何も邪魔なんてされない。俺は恥ずかしそうに俯いている海馬の手を取って優しく握った。
「あ…フフ、お前は、優しかったり恐ろしかったり、忙しいな」
「何を言うんだ。俺と相棒じゃ違うに決まってるぜ」
俺がそう言えば、海馬はクスリと笑みを浮かべた。

「何を言う。お前は、全てお前だろう」

心の中に、もやりとした感覚が生まれる。
まさか、とは思っているのに、一度生まれた疑心が消えることはない。
「海馬、お前は、「俺」が好きなんだろう」
「…?おかしな事を言うな、武藤遊戯は一人だけだろう。俺が…好き、なのは、お前一人だけだ」

その言葉で、ざわりと背中に冷たいものが走る。
海馬が思いを寄せる相手が、俺ではなく相棒だとしたら。いや、そんなまさか。でも、海馬は今、「遊戯」が好きなのだと。
ぐちゃぐちゃになった思考をかき消すほどに、美しい声は俺に囁いてくる。

「好きだ、遊戯」

ガツンと頭を殴られた様に、目の前の景色がグラグラと揺れる。つい数分前まで海馬の口から言われたいと願っていた言葉は、俺の胸にある汚い感情の起爆剤となった。
ずるい、ずるいずるいずるい!俺が望んだものを、もう一人の俺は手にしてしまうのか。海馬の美しさも、気高さも、醜さも、傲慢さも全部、俺が見つけたのに!
(ああ、息の止まるほど羨ましい!)

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