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妖怪パロ

 

 

 

ざわざわと森が風で騒ぎ立つ宵の刻。人間風情に知られぬ奥深き木林の中、一人静かに花咲かす麗人は、時折迷い込む人間をそれはそれは大きな化物花でぺろりと平らげてしまうのだ。その中でも特に気に入った者は、魂を抜いて人形にしてしまうらしい。嗚呼恐ろしや恐ろしや――。

 

「くだらん」

 

冷たくも耳障りのいい声が、俺の話を両断したところで、うっすらと目を開けた。どうやらこの話はお気に召さなかったようだ。

 

「まあ、十中八九お前のことだろうな」

 

体を横たえていた木の枝から降りると、下で赤い百合を弄っていた、先程の声の主が不機嫌さを隠さぬ目を向けてきた。

 

「第一、その「麗人」とやらに会った者は食べられた人間と人形にされた人間の二種類だと言うのに、どうやってその話が真実として広まったというのだ。理解に苦しむ」

「人のする噂程、広まりやすい嘘はないぜ」

「…いや、考えたくはないが俺のことを見た人間はいるかも知れぬな」

 

手元にあった百合を自らの膝に置いて思案する噂の「麗人」――海馬は、眉間に皺を寄せながらそう口にした。

 

「お前はここの辺りからはあまり出ないんじゃなかったか?まさか、人間がこんなところにまで迷い込んだってのか?」

 

海馬は、妖怪の中でも珍しい「生命を生む」妖怪だ。しかもその中でもさらに特殊で、「花」から命を生み出すのだ。海馬本体も花から創られているから、常に何処かに根を張っていなければならない。そして海馬はたいそうな他者嫌いなので、人にも妖怪にもそう簡単には見つからないような場所に根を張っているのだ。俺ですら簡単には見つけられないようなこの場所に、人間が来れるとはとても思えない。

 

「ふん…貴様が此処に入り浸るより前に、そこの川に人間が流れてきたのだ」

 

スッと海馬が指差す方向には、少し離れてはいるが、確かに川が流れている。

 

「まさか、助けたのか?お前が人間を?」

「助けたのではない。川に人間の死体などあったら、水が不味くなり花も綺麗に育たぬし、満足に腹を満たすことも出来ぬから、上流から下流に流したのだ」

 

俺が驚嘆を隠さず言葉にすると、海馬は顔を顰めながらそう言った。そうだよな、そうじゃなきゃお前じゃないぜ。

 

「なら、その時にまだそいつに意識があって、顔を見られてたという訳か」

「さあな。人間が一人死んでいようがいまいが、俺にはなんの興味もない」

 

そう話を区切ると、海馬はまた花を弄る作業に戻ってしまった。

 

「…最初はきっと、「溺れて死にかけていたところに美しい仏様が来て助けてもらった」…とかの話だったんだろうぜ」

 

人間の考えることだ。美しい仏から麗人に扮した妖怪に登場人物が変わっていてもおかしくはない。そう考えると、海馬の存在を喋ってしまったそいつが何だか憎らしくなってきた。

 

「海馬を見つけたのは俺だぜ」

 

百合を手にした海馬の膝に俺の頭を乗せて横になると、赤い百合越しに海馬の青い瞳が苛立たしげに睨んでいるのが見えたが、無視してそのまま瞳を閉じた。

 

「おい遊戯!退かぬか!聞いているのか遊戯!」

 

ああ、煩いぜ海馬。お前の膝だって、俺のモノなんだ。文句は言わせないぜ。

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