top of page

闇海版深夜の真剣文字書き60分一本勝負まとめ

ツイッターの企画で書いたものを纏めていきます。途中のもあったりなかったり

06/28 お題「初恋」

カチャン、ブツ、ブツ、ジーッ……。 「…これはまだまだ最近の話だ。1人の男とゲームをしたよ。名は武藤遊戯、僕より4ヶ月年上の16歳。奴は僕の2つ前の席に座っているんだけど、背は小さい癖に髪型が妙で、僕の席からもその頭が見えるのさ。派手な髪型とは裏腹に、遊戯はてんで臆病者なんだ。いつもおどおどしていてさ、この前なんか一人で黒ヒゲをしていた。寂しいヤツだと思わないかい?…嗚呼、そうだな。本題に入ろうか。つまり、武藤遊戯は腕っ節も自己主張も強い人間じゃあないんだ。それを覚えておいてくれ。それで、だ。僕は遊戯からどうしても「譲って欲しい」物があってね、少しだけ無理をやった。結局欲しい物は奪い…いや、貰うことが出来たんだが、この後が大変だった。遊戯から突然呼び出されてね。夜の22時に教室に来いってさ。譲り受けた物に関してはちゃあんと話し合った筈だったんだが、どうやら遊戯はまだ納得してなかったみたいでさ。参ったよ、僕はもうソレを返す気なんて無かったしね。1対1で話したいとの条件だったし、片手に"いつもの"鞄を持って足を運んだんだ。そこで起こったことは──詳しくは言わないが、それはもう素晴らしいひと時だったさ。あれだけ楽しいゲームをしたは始めてだったな…。臆病者の遊戯が、まるで別人の様に僕を攻めたてたんだ。息をつく暇もない攻防、予想外の結末、まさに僕の求める最高のゲームだった。まあ、僕は遊戯に負け酷い仕打ちを受けたんだがな。で、だ。こんなにも屈辱的な思いをした僕だけど、遊戯のことは恨んでないんだ。寧ろ素晴らしい対戦相手を見つけたと嬉しく思っているよ。遊戯の攻撃的な目を思い出すと胸の内が沸き立つし、悔しそうな顔して冷や汗かいてるとこなんて脳髄からドーパミンが出るくらいに興奮する。とどのつまり、俺は遊戯に恋をしたんじゃあないかと思う。かなりタチの悪い、初恋と言う自己満足の塊を今味わっているのだ。ククッ、心から楽しいと感じるさ、この気持ちは。貴様にもあるだろう?誰かのことを心底気に入った経験が。俺はいつもの遊戯ではなく、あの鬼のように強く悪魔のような美しさを兼ね備えた遊戯に心を奪われたのだ……。もう一度、遊戯と戦いたい。俺にあるのはその想いのみ。その想いこそ俺の愛なのだ。だからこそ俺は今、この場所にいる…。遊戯との戦いに相応しい場所だ。あと30分もしない内に、遊戯はこのステージを登ってくるだろう。ああ、楽しみだ。本当に、本当に………。では、そろそろ準備に入ろうか。決闘者にとってのこの時間は大切なのだ…。気紛れで録ったこの話も、少しは勝った後の余興ぐらいにはなるだろうか。フフ、それではな」 プツン。ジーッ……。

07/05 お題「椅子」

赤い布地に金色の豪華な装飾。中世ヨーロッパの時代にありそうな、如何にも格式高い印象を受ける椅子がそこにはあった。 「…王の座る椅子か?これは」 これとは違うが、遊戯も一応は王族として似た様なものに座ったことがあるのだろう。ギラりと鈍く輝く金の光に目を細めている。 「以前、我社に多大な負債をしていた男がそれなりのコレクターだったらしくてな。奴がコレを担保にしていた」 「へえ。それなら結構な値打ちだろうな」 感心した様に呟いた遊戯に、海馬は二、三度首を振る。 「…腕のある鑑定士に見せたが、これはただの紛い物らしい。男は既に蒸発していたし、見た目だけは良いからこうして飾っているのだ」 カツカツと足音を鳴らしながら椅子の方へと歩き、海馬は背もたれに付いた一際目立つ金色の飾りを撫でた。本物かと一瞬は思った金メッキの色だが、海馬の手の内にあると余計紛い物には見えなかった。 「座ってもいいのか?」 「…?。構わんが」 聞くが早いか遊戯は椅子に近付き、おもむろにワインレッドのシーツの上へと腰掛けた。 遊戯が座る様を横から見ながら、海馬はくつりと笑った。 「まさに、決闘王と言った風か」 海馬の言う通り、椅子に座る遊戯は様になっていた。赤と金の色彩が美しく、そこに座る遊戯はまさに王と言える姿だった。 その姿を見ながら、海馬はまた喉を鳴らして笑う。 「そんな偽物ではなく、いつか本物の王者の椅子に座るがいい。それまで貴様が決闘王であれば、の話だが」

07/12 お題「トマト」

一口実を噛めば、舌の上にはじゅわりと酸味のある独特な味が広がっていく。グジュグジュとした感触を奥歯で感じながら、口元についた汁を指で拭う。その動作を繰り返しながら一つ一つ実を消化していた海馬は、ふと目の前からの視線に気付いた。 甘酸っぱいその赤い実をまるごと齧る海馬の姿をぼんやりと見ながら、自らも赤い実─俗に言うトマトのことだが─を黙々と食していた遊戯は、何個目かも分からない程食べ続けている同じ味にウンザリしたような顔をしていた。 ミンミンと煩わしく鳴く蝉の声を背中に受けながら、頭上にはサンサンと太陽が輝いている。平均気温32度を超える猛暑日の中、天才カードゲーマーと謳われる二人は箱いっぱいに詰め込まれたトマトをただひたすらに食べていた。 事の始まりは今朝。遊戯の祖父双六が旧友の耕した畑の収穫を手伝いに行くのでついて来ないかと、夏休み中でゴロ寝をしていた表の方である遊戯を誘ったのだ。当然遊戯はしかめっ面で拒否の意を示したのだが、闇の遊戯と呼ばれている方がその提案に大いに賛成した。元より好奇心の強い人間だからなのか、自分が体験したことのないものにはいたく興味があったらしい。 結局は自分の体だから疲れるのは僕じゃないかと難色を示す表の遊戯を多少無理矢理丸め込み、闇の遊戯は都心から離れたこの山に囲まれた田舎の地に足を踏み入れた。朝の10時と日も高い暑い時間での作業ではあったが、そんな重労働も初体験な遊戯は嬉々として中身のたくさん詰まったきゅうりをヘタからパチンと切り離していた。 そして昼の0時。ぷっくりと膨れた瑞々しい茄子をざるに並べていた時だった。 遊戯のいた畑から3~40m離れた所に建てられた古い工場から、見慣れた縦長のシルエットが片手に白いジャケットを持ち出て来たのだ。 ざるを抱えたままぎょっとした顔でその後ろ姿を見ていれば、茶色い頭は軽く頭を下げた後にくるりとこちらを向いた。その顔は紛れも無く、KC社長であり自分が好敵手と認める海馬瀬人その人であった。 何故こんな辺境に奴が。ゴーヤの蔓で覆われた隣にある廃牛舎をバックにした海馬の横顔のなんとアンバランスなことか。 ポカンと海馬の方を眺めていれば、どうやら向こうもこちらに気付いたらしく、遠くでもはっきりと分かる程に目を丸くして口を"あ"の形に開いていた。 「オヤ!海馬くんじゃあないか」 遊戯の後ろで汗を拭っていた双六も彼に気付き、固まっていた遊戯に行ってあげたらどうだいと声を掛けた。 「いや、でも、仕事が」 「大丈夫じゃよ。少しくらい」 じゃろう?と双六がきゅうりの柵の後ろにいた旧友に尋ねれば、色黒な貫禄のある顔は目尻に皺を寄せニコりと笑い頷いた。 ほら、と笑顔で双六は遊戯の背を押し促す。じいちゃんに言われては仕方ないと、泥にまみれた軍手を外し訝しげにこちらを見ている海馬の元まで歩き、近くにまで寄ってからヨッと声を掛けた。 「…随分と、普通な格好をしているな」 海馬の言う通り、遊戯は今半袖のTシャツに地味なズボンといういたって普通な服装をしていた。遊戯の私服は割と地味な服も多いのだが、海馬からしたらボンテージやストイックな服を着た遊戯しか印象にないため余計地味な雰囲気が漂っていて見えた。 「そうか?だが、お前だってそうだろう。そんな涼し気なお前は初めて見たぜ」 「こんな猛暑にあんな格好していられるか」 そういう海馬の額には、つうっと汗が流れている。奴にも暑いという感覚はあるんだなと、遊戯はひっそり心の中で呟いた。 「お前、なんでここにいるんだ」 「仕事に決まっているだろう。見回りに来たんだ」 「見回り?この工場で何かを作ってるのか」 「我社の商品に使う細かいパーツの4割はここに任せている。貴様のデュエルディスクにも使われているネジであったりな」 ほう、と感心した様に息を吐きながら工場の看板を見上げ、遊戯は反射した光に目を細めた。 「……おーい。遊戯やー」 自分の名前を呼ばれてハッとする。遊戯は振り向き、手を振る双六に大声で返事をした。 「何だぜじいちゃん!」 「そろそろ戻っておいで!トマトの収穫じゃぞー」 それを聞き、海馬はなんだ、と呟いた。 「畑仕事か」 「ああ。じいちゃんの友達の手伝いをしてるんだ」 「そうか。……ふむ」 徐に顎に手を当て何か考え始めた海馬に、遊戯は首を傾げる。そろそろ戻らなくては怒られてしまう。 「なんだ?何かあるのか」 遊戯がそう聞けば、海馬は何か決心した様に口を開いた。 「遊戯。俺も収穫をやる」

07/18 お題「餃子」

夏が始まったばかりの暑い日に、海馬は1人キッチンにいた。 トントンと小気味よい包丁の音、ザクザクと鳴るキャベツを切る音がキッチンに響いている。海馬がふと時計を見れば、今は午前11時30分を過ぎていた。正午には間に合うだろうとひと息つきながら、海馬は刻んだキャベツを挽肉の入ったプラスチックのボウルに流し入れる。緩みかけていたエプロンの紐を結び直し、ゴム手袋をつけながら海馬は両手でぐにぐにと挽肉とキャベツをこね始めた。 本来ならこの時間は社内で書類に判子を押している筈なのだが、海馬は思うところがあり、こうしてキッチンに立っていた。 思うところ、とは海馬の好敵手である遊戯との決め事があったからだ。 以前遊戯と畑仕事をした際に、手伝った礼だと言って畑主からキャベツをダンボール1箱分貰ってしまったのだが、その時に遊戯が「これで何か作ってみろよ」と言ってきたのだ。海馬も最初は何故だとか嫌だとか言っていたのだが、遊戯も一向に引かず最終的には明後日は丸一日お前に付き合うぜと言い放った。それを聞いた海馬は心動かされた様で、明日の土曜に昼から来いといい、今現在譲られたキャベツを使って餃子を作っていた。何故餃子かと言えば、「一番手間が省ける料理だったから」らしい。 シンクの上に載せていた本を覗き込みながら、海馬は混ぜていた手を止めた。部屋の外からパタパタと誰かが走ってくる音がしたのだ。手を止め扉の方を見れば、すぐにがちゃりと開き見慣れた金色の前髪が見えた。 「よお、海馬」 (中略) 海馬から言われた通りに指先を水で濡らし、白く薄い皮を手に取った。 「なんか、すぐに破けそうだな」 『だよねぇ。難しいよね、包むの』 「具の量を考えれば無理はない」 テキパキと手を動かす海馬を見ながら、遊戯も見よう見まねで作ってみる。肉を触る時の感触が少し気色悪かったりしたが、あまり気にしない様に皮の上へと乗せた。 おっかなびっくり餃子をつくる遊戯とは違い、海馬はちゃくちゃくとひだを作っていく。 (中略) 「いただきます」 最近やっと使えるようになってきた箸を持ちながら、遊戯は餃子を掴む。肉汁と水気でてらてらと輝く皮と香ばしい香りが美味しそうで、遊戯は間髪入れずにぱくりと咥えた。 「っ!熱…っ」 「当たり前だろう。焼いたばかりだぞ」

07/26 お題「飛ぶ」

あの時、何もかも捨てて目も眩むようなスカイブルーへと飛び込んだら、あの日は見ることの無かった笑顔。それがそこにはあったのだろうか。 その日はとても暑く、空にはギラギラと金色の太陽が輝いていた。 出席日数を稼ぐ為だけに訪れた学校の昼休み。いつもの通り屋上で暇潰しに本を読んでいたら、そいつは突然現れた。 「面白いか、その本」 聞きなれた声のする方へ振り向けば、誰も開ける筈の無かった扉の前に不良じみた格好をした男が立っている。遊戯、と俺が名前を読んだすぐに風が吹き、チャリ、と首から下げたチェーンの音が混じった。 「…ただの暇潰しだ」 「そうか、なら俺を呼べば良かったのに。デッキがないのか?」 チェスでもいいが、と零す遊戯に、俺はその考えを思い付いていなかったことに気付く。自分でも、珍しいと思った。午後までいる気なのに、遊戯との決闘を忘れていたとは。 俺の考えを勘づいたのか、遊戯はらしくないなと軽く笑った。いつの間にかフェンスの前にまで歩いていて、奴の背後には雲一つない真っ青な空が広がっていた。 「まあ、会うのも久しぶりだからな。で?するか、決闘」 腰に巻いたベルトのホルダーからデッキを取り出しニヒルに笑う遊戯に、俺は勿論と言わんばかりにアタッシュケースから己のデッキを取り出した。 「……俺の勝ちだぜ」 ライフ差100、俺のが圧倒的に有利という状況からたった1ターンで遊戯は盛り返し、俺の青眼の究極竜を倒し勝利を収めた。 また、勝てなかった。ソリッドビジョンが無いからと言って手を抜いたつもりはないというのに、まただ。 苛立ち手を握り締める俺を見て、遊戯はふぅと溜息を吐いた。 「そう自分を責めるなよ。決闘者の大事な手に傷がつくぜ」 「うるさい…。貴様は負けたことがないからそんなことが言えるのだ」 「全く…お前がカードを触る時の手は俺も好きなんだ。傷付けるんじゃないぜ」 胡座をかいていた足を崩し立ち上がる遊戯を目で追えば、おもむろに右手を握られドキリとする。慰めのつもりなのか、ゆったりと手の甲を撫でられてしまい苛立ちと気恥ずかしさが同時に湧き上がる。 「、やめろ!気色悪い…っ」 「今更恥ずかしがるなよ、これぐらい」 なんてことないように手をひと撫でし、遊戯は俺に顔を近付けた。目の前にきらめく紫色の目に、俺は思わず目を丸くした。 「お前の瞳の色だって、俺は好きなんだぜ」 口に軽く触れた感触に驚いて、俺は目の前の男を突き飛ばす。この男はまた、俺を女のように扱った! 「貴様っ、ふざけるな!」 「ねんねじゃあるまいし、硬いな。お前は」 俺に突き飛ばされフェンスにぶつかりながらもくつくつと喉を鳴らして笑う遊戯に、また俺は調子が狂いそうになる。全く、こいつのこういうところが、酷く気に入らない。 遊戯は青空を背にしてクククと笑い、フェンスにもたれかかった。遊戯の背より数センチ程低いフェンスは、軋みながらもしっかりと遊戯を支えている。 「お前、俺をなんだと思っている」 俺が不快さを隠さずにそう言えば、遊戯は一瞬驚いた顔をして、フハハと高らかに笑った。 「そうだな…。なあ海馬!俺が勝った時の景品、今決めたぜ」 「は?そんな約束、した覚えは…」 俺の呆れた声を聞き流し、遊戯は両腕をバッと広げて大声で叫んだ。 「飛ぼう!」 「…は?」 「飛ぼうぜ海馬。今、ここから」 俺は理解出来なかった。言葉の意味よりも、遊戯の考えること全てが。 「飛ぼう」?それはつまり、心中しろと言うことか。 「貴様、イカれたか?できる訳がないだろう」 「そうか?きっと飛べるぜ。お前となら」 そう言うや否や、遊戯はなんとフェンスを乗り越えた。俺はギョッとして、柄にもなくおい!と叫んでいた。 「何をしている貴様!それはお前の身体でもないだろう!」 「相棒のことなら、大丈夫だぜ。飛ぶのは俺とお前だけだ」 「俺が飛ぶ訳ないだろう!貴様、イタズラも大概に」 「海馬は、飛ばないのか?」 食い気味にそう言われ、俺は一瞬言葉に詰まった。遊戯と飛び降り?そんな馬鹿げた話が、しかし、何故だがそれがおかしくない気がしているのが、最も気味悪かった。 「……。行かない、俺は、そこには」 いつの間にか、俺は無意識にそう呟いていた。 俺の呟きが聞こえたのか、遊戯は寂しげな顔をして、すぐにいつものニヒルな顔に戻っていた。 「…そうか、なら仕方ないな」 遊戯は小さな声でそう言い、俺が止める暇も無く、青空の向こうへと飛んで行った。 「っ遊戯!」 奴の名前を叫んだ途端。目の前の世界は真っ白に染まり、瞬きをした瞬間そこは自分の寝室へと変わっていた。 「……」 ハア、と溜息を吐き出しながら、あれは夢だったのかと理解した。 当たり前だ、遊戯はもういないのだから。あんなこと、奴の居るうちにだって無かった。 「……もし、飛んでいたら」 誰に言うでもなく、俺はポツリと呟いた。 もしお前とあの空へ飛んでいたら、俺は後悔せずにいれただろうか?

08/02 お題「エスパー」

以前読んだ古い漫画に、念じるだけで物質を違う空間に送ることが出来るエスパー少女がいたものだが、俺は今はその能力を心から羨んでいる。 今の状況を一から説明すると、放課後に突然後頭部を殴られ目が覚めたら手足は縛られ目隠しに猿轡と、まさに緊縛のオンパレードと言った感じだ。相棒は殴られたショックで気を失っており、俺が代わりに表に出ている。 現状を思いだすだけで腹が立ち、心から殴ってきた相手に恨みを感じる。一体何が目的だというのか。金か、私怨か、ただの愉快犯か。なんにせよ、主犯には海馬のよりももっと手酷い罰ゲームを受けさせなければ気が済まない。まあ、ゲームが出来ればだが。 誰も俺に話しかける様子は無く、ただただ思考を巡らせることしか俺にはできない。 このヤバい状況をどう逆転すべきかとまた考えを始めてみた瞬間、今まで何も聞こえていなかった耳に突然バアンッという破裂音と多勢の人間が慌しく喋る声が流れてくる。何が起きたのかと静かに耳を澄ませてみれば、微かに遠くから聞き慣れた男らしい声が聞こえて俺はなんだアイツかと身体から力を抜いた。 あとどれくらいで片付くのだろうかとぼんやり考えていれば、破裂音が聞こえてから五分もしない内にバタバタと誰かが走ってくる音に紛れて、少し笑い混じりのアイツの声がすぐそばから聞こえてきた。 「随分奇妙な格好で昼寝をしているな」 ギュッとレザーが擦れ引き伸ばされる音がしたと思えば、ようやっと視界を遮っていた目隠しと猿轡が外された。黒一色だった世界を抜け出し数十分ぶりに見た色は、雲一つない青空の様なブルーだった。 うっすらと輝く青が細められ、何か言うことがあるだろう?と意地悪く歪められた口から発せられた言葉に、俺は大きく深呼吸してからこういった。 「俺からのテレパシーが伝わったのか?」 茶化す様にそう言った俺に海馬はワハハと高らかに笑い、片手に持っていたサバイバルナイフで俺の拘束を解いていく。 「貴様がエスパーを気取るとは笑わせる!だがオカルト話は許さんぞ」 「そうかい…。まあ、助かったぜ海馬」 俺が素直にそう伝えれば、海馬はクツクツと喉を鳴らして笑う。 縄を解かれる間にも主犯グループと思われる奴らの屍(死んではいないらしい)と海馬の凶悪な笑顔が視界いっぱいに映っていて、どちらが悪役か分からずに俺はついフハハと大声で笑った。

08/09 お題「コンティニュー」

『ゆうぎは たおれた』 『残り:1』 画面いっぱいに現れたその文字列に、遊戯ははあとひとつため息を吐いた。両手に握ったコントローラーを強く握りしめ、次こそはとコンティニューの文字の下にある、「YES」のコマンドを押す。お遊びではあるがあの海馬の作ったゲームなのだから、それ相応に難易度の高さを覚悟していたが、まさかここまでとは。ゲームにおいては負け知らずの遊戯ですら、残機を2つ消耗してしまった。内容はほぼ一般的なスクロールゲームだというのに、数々のギミックが反則レベルなゲームだ。 しかし、残機が残りひとつではあるが、このゲームもあとラスボス1人といったところ。遊戯は特に焦ることもなくラスボスの待ち構えるステージにへと十字キーを押した。 一瞬の暗転から画面には禍々しい世界が広がっていく。これで最後なのだからと遊戯は気を引き締め、画面を食い入る様に見詰めた。 『でてこい まおう!』 マントと仮面を着けた風のドットキャラが叫ぶ。それとほぼ同時に画面中央には暗雲が立ち込め、ボワン!という音と共にラスボスである魔王が現れた。 『やみのとびらは ひらかれた』 どこか懐かしい気もするセリフが流れつつも、画面は戦闘に移りついに魔王戦へと入った。 これで勝てば、約束が果たせる!遊戯は意気込みながら、パーティーにいる賢者に魔王へと毒魔法を掛けた。 『やった!まおうをたおしたぞ!』 ファンファーレの様な軽快なBGMが流れ、画面には幸せそうな勇者とその一味の姿が映し出されている。 やれやれと一息つきながら、遊戯は肩から力を抜きほとんどが「かいばせと」で埋め尽くされたエンドロールを眺める。今更だが、あの子供っぽいキャラのセリフも海馬が考えたのかと気付き、遊戯はクスリと笑った。 最後まで見終わり、そろそろ寝るかとテレビの電源を落とそうとしたが、突然画面が映り変わり、何事かと遊戯は身構えた。 ザァザァと砂嵐が数秒続き、パッと画面が明るくなる。そこには得意気な顔をした海馬が映っていた。 『とりあえず、クリアしたことは褒めてやる。おめでとう』 …わざわざこんなものまで用意してるとは。遊戯は驚きつつも画面を見詰める。 『ただの暇潰しで作った物だが、一応後日感想を送れ。どれだけ難しかったのか、詳細にな』 遊戯がクリアまでに手間取ることを確信していたのか、海馬の表情は実に楽しげだ。実際その通りなので、遊戯は文句も言わずに黙ってそれを見続ける。 『言いたいことはそれだけだ。ではな』 プツン、と画面は消え、タイトルにへと変わる。 アイツもよくやるなと思いつつ、遊戯はテレビの電源を落とし、ゲーム機からカセットを取り出す。 感想を送れとは言っていたが、それは直接言いに行こう。きっと、海馬もそれを伝えたかったんだろう。 遊戯は小さくアクビをしながら、カセットをケースにしまい机に直した。 ゲームのタイトルは「Warten」。意外にも素直な伝え方だな、と思いながら、遊戯はフフフと笑った。

08/16 お題「背骨」※捏造過多・老人化

キィ、と鳴るロッキングチェアーに肘を付きながら座る海馬の顔には、小さなものから目立つものまで、多くの皺が刻まれていた。全盛期にはしゃんと伸ばされ威厳を出していたその背も曲がり、当時を知る人間が見たら嫌にでも時の流れを感じる姿にと海馬はなっていた。身体だけではなく頭も少々衰え、近頃は滅法外出することは減ったのだと身内である人間は嘆くように言った。 その日は朝から調子が悪く、海馬は不貞腐れたように部屋に篭っていた。だだっ広い部屋にはロッキングチェアーと綺麗に磨かれたデスク、大きなベッドにクローゼットと、必要最低限の家具しか置かれていない。 その中心で瀬人はロッキングチェアーを揺らしながら、片手に収まる大きはの文庫本を読んでいる。年老いた男が若い頃に愛していた死んだ女の面影を旅先で見つける、と言った内容のストーリーが、海馬はこれと言って趣味という訳でもないのに気に入っていた。 朝から本を読み続け、そろそろ夕暮れに差し掛かるといった時間帯、物語も終章に入った時だった。コンコンと、誰かが扉を叩く音がした。 メイドかと思い、入れと簡潔に海馬が返事をすればとびらは開いた。しかしそこにいたのはメイドでも黒服でもなく、学生服を着た少年だった。 その姿を見て、海馬はギョッとする。見知らぬ人間が邸内に入っているのは勿論問題だが、それよりも驚いたのはその少年がどこかで見たような顔をしていて、何か忘れてはいけないような人間に思えたからだ。 よく分かるはずであるのによく思い出せないその少年の正体に海馬が悩んでいれば、少年は鋭い目を向けてくる海馬にも臆することなく目の前にまで歩んでくる。 「随分と老いたな。背骨も曲がっている」 そう言って、少年は膝を付き老人の手を取った。皺だらけで骨っぽい手ではあるが、少年は長い睫毛の目立つ美しい顔を嬉しそうに歪め、慈しむ様に手の甲へ口付けた。 「いつまでも美しい手だな。俺が認めただけはあるぜ」 「…尊大な言い方をするガキだ」 海馬が嫌味に笑っても、少年は愉快気な笑顔を崩さない。 「海馬、俺は少し待ち疲れたぜ。だから出来れば早めに、俺のところに来てくれよ」 この少年を待たせている記憶など海馬には一切無く、変な子供だと思い始め、名前を尋ねようとすればコンコンコンとノックを三回する音がきこえる。モクバ達が帰って来たのかと海馬は顔を上げ 入れ、と一声かけた。 がちゃりと扉が開いた先にいたのは、モクバの娘であり己の姪であるその子であった。 「おじいさま。ただいまかえりました!」 本来ならばおじ様と呼ばれるべきなのだろうが、この子は瀬人のことをおじいさまと呼んでいた。本人も特に変えさせる気がないので、度々本当の孫かと感違いされていた。 「おかえり。楽しかったか?」 「はい!お土産もあるんだ!ね、今度はおじいさまも一緒に行こう?」 屈託無く笑う彼女の明るさに、海馬の気持ちも一気に明るくなる。 そう言えばと、あの少年はこの子かこの子の姉の友人かと聞こうと思い海馬は下を向く。が、そこには誰も居らず自分の足が見えるだけであった。 ──はて、そもそも、誰にあっていたのか。 途端霧がかかった様に記憶が思い出せなくなり、海馬は焦って肘置きに掛けていた右手で顎に触れた。そこでふと、思い出す。先程まで、この手に誰かが触れていたのではないか? そこまでを思い出していれば、急に黙りこくった瀬人を不審に思ったのか姪の子は小走りで近付き、チェアーに座るその足に抱き着いた。 「おじいさま?」 不安そうに見上げてくる丸い黒曜石のような瞳に、海馬はハッとする。 弟に似た姪っ子達は瀬人も大変可愛がっており、不安気な顔をする少女を海馬は抱き上げ心配するな、と背中を二、三度優しく叩いた。 「心配するな。何でもないのだ」 「…ホント?ホントのホントね?」 なら、良かった! 嬉しそうに笑って瀬人をギュッと抱き締める姪に、海馬も口元を緩ませながら抱き返す。柔らかく暖かい、可愛らしい存在。 瀬人に抱き締められ喜ぶ姪の純粋な瞳の中には、海馬の少し白髪まじりの茶髪と、その背後に立つ学生服の少年が映っていた。

08/23 お題「夜明け」

深夜の1時。海馬はその体をベッドにぐったりと横たわらせた。数日分の疲労が溜まった身体は、もう指一本動かすのも億劫だった。身体の下にジャケットがあるのにも関わらず、そのまま眠ろうとする程。 海馬は手足を投げ出したまま、ゆっくりと瞼を閉じる。次に目覚めるのは、真っ青な空が眩しい時間。 ──懐かしい声で、誰かが呼んでいる。 海馬はぼうっとして、川に掛かる橋の前に立っていた。穏やかに流れ行く川の向こうから、自分の名を呼ぶ誰かの声を聞きながら。 その誰かは、自分の名前を呼びながら手を挙げている。海馬は近づこうと橋に足を乗せようとしたが、何故だか一歩も先には歩めない。不思議に思って下げていた視線を前に向ければ、先よりもその人物の顔がわかりやすくなっていた。 あれは、と海馬がその名を口にする寸前。おおい、とはっきり声が聞こえてくる。 「なあ、そこに花はあるか?」 海馬が確かめようと再度下を向けば、そこには確かに何輪もの黒い花が咲いていた。 海馬は向こう側にも届くよう、あるぞ、と大きく叫ぶ。すると相手はこちらからでも分かるくらいに嬉しそうな顔をして、また大きな声で尋ねてきた。 「なら、それを流してくれ!」 俺に届くようにだぜ、と言って手を振る彼を見ながら、海馬は花を一輪手折り川の上にへと滑らせた。 その花はスーッと向こう岸にまで流れて行く。あの男の手が流れた花を掴み、すまないなと返してきた。 「なあ、また流しに来てくれよ。俺が寂しくならないように」 「…戯言を」 笑いながらそう言った彼に、海馬は鼻で笑い返した。 寂しいなどと、おまえは思わないくせに。 「なあ、遊戯」 パッと、目が覚める。そこはいつもの自室の風景で、身体の下には脱ぎ捨てたジャケットが皺だらけになっていた。 夢か、と体を起こしながら窓の方を見れば、外ではもう赤い太陽が昇っていた。 赤い色が、暗い黒を飲み込み紫へ。 海馬は夜明けの空の色を、あの瞳のようだと思った。

08/30 お題「エンゼル」

放課後。出席日数の関係で単位がギリギリな海馬瀬人は、夕焼けで赤い教室に1人で大量のプリントに細々と回答を書いていた。 シャッシャッとシャーペンを走らせる音を響かせて、海馬は一枚また一枚と課題を終わらせていく。残りもあと10分程度で済むだろうか。パッと見かなりの量を海馬は難なくこなしていた。 そんな中、ガラリと後ろの扉が開く。誰が来たのか確認しようと海馬が振り返れば、そこには鞄を背負った己の好敵手、武藤遊戯の姿があった。 「ん?なんだ、海馬がいたのか」 「貴様か。もう随分前に下校したと思ったが?」 「いや、相棒が忘れ物をな…ああ、あったあった」 自分の机からゴソゴソと何かを取り出し、鞄の中にへと仕舞った遊戯はそのまま教室から出ようとする。海馬も別段止める気は無く、机に向かった姿勢のまま再度手を動かし始める。 「!そう言えば」 何か思い出したように呟いた遊戯に、海馬もふと耳を傾ける。何事かと海馬が思っていれば、遊戯は徐に海馬の方へと近付き、素っ気なく何かを渡してきた。 「ん。やるぜ」 「は?…これは、菓子か?」 海馬の目の前に立った遊戯が差し出して来たのは、チョコレート菓子のようだった。包装紙には「エンゼルパイ」と名前が書かれている。 「何個か貰って余ってるんだ」 「ふん。おこぼれという訳か…」 「でもお前、甘いの嫌いじゃあないだろ?」 まあな、と返答しながら、海馬は歌詞を受け取り袋を開け、丸い形のそれを取り出した。ふわりと香るチョコレートの香りが、多少疲労していた頭を落ち着かせる。 コーティングのチョコが溶けぬうちにと海馬は一口齧り、しゅわしゅわとした食感を味わう。甘くて柔らかく美味い。もぐもぐと咀嚼しながら、海馬はまた一口齧る。本来なら三口足らずで食べ切れてしまうサイズの菓子だが、海馬はその行儀の良さと口の小ささが災いし常人の倍は時間をかけて菓子を完食した。 その様子をじっと見ていた遊戯は、いつもの嫌味な海馬とは違う一面に内心驚きを感じていた。いくら嫌なヤツでも、育ちの良さは変わらないのか? 「…む」 どうやら結局手にチョコレートが付いてしまったらしく、海馬は嫌そうに顔を顰めた。遊戯はそれを見てティッシュを渡してやろうとするが。それよりも早く、海馬は自分の指を舐めていた。 前言撤回。海馬は案外行儀が悪い。 「おい、海馬」 「ん……。フッ、別に貴様しか見ていない」 ベロ、と親指もひと舐めしてから、海馬は口を歪めて笑う。 「まあ、秘密にはしていろよ」 そう忠告してにたりと笑う海馬に、遊戯はふっと吹き出し笑った。

随時更新


Featured Posts
後でもう一度お試しください
記事が公開されると、ここに表示されます。
Recent Posts
Archive
Search By Tags
まだタグはありません。
bottom of page